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* サカナ * 見張り番の時間が終わって、おれは食堂に向かっていた。 「はぁ、腹へったぁあ・・・。」 朝から正午までの見張りだったけれど、注意が必要な海域だったから神経を使った。見張り台から動いてないとはいえ、減るものは減る。最も、一番神経を使ったのはベポが妙な魚を色々釣り上げてた時だけど。ツノが生えてた魚とか居たよな。 あれは海域のせいで妙な進化をした魚かな、なんて思いながら廊下を歩く。 「よぉ、キャス。見張り終わりか。」 「ああ、うん。ホント腹減ったー…。」 「だろうな。早く食堂行けよ。」 すれ違ったクルーと少しばかりのやりとりをして、昼食に期待をしながら再度足を動かした時だった。 「そういえば、食堂に船長居るぜ。」 その、かけられた言葉にピタリと足を止めた。 「・・・・・・え?」 「だから、食堂にだなー・・」 「マジで!?」 「マジマジ。早く行けって。」 バッと振り返って聞き返せば、鬱陶しがって手で払われる。 何か食べてたのか、とか何で真昼間から食堂に、とか色々質問はあったけれど自分で確かめた方が早いと思って走り出した。おれの昼食を一口でも食べて貰えないかな、と希望を持つおれの足取りは軽い。 そのままの勢いでガチャリと食堂の扉を開ける。 途端にふわりと漂う香ばしいパンの匂いに反応するより先に、視線が船長の姿を探していた。昼食の時間自体は過ぎているからか、食堂にはおれと同じ時間帯に見張りだった奴がちらほら飯を食べているだけだ。 そんな中、長机の端に座っている見慣れた後ろ姿を発見する。紛れもなく船長だ。 「船長!」 隣を陣取って昼飯を取ろうと椅子を避けて走り寄りながら、声をかけた。 ・・・そこまでは、良かった。 「せ・・・船長・・・!?」 おれは船長の手元を見て、思わず声を呑み込んだ。 食堂に来てるだけなら、そんなに珍しい事じゃない。たまに顔を出してベポをはじめとしたクルーの食事を見ていたり会話に混じったりしてるから。 けれど今日の船長は、明らかにおかしい。 熱でもあるんじゃないだろうかと疑う。 真剣な顔をして、皿に盛られた魚をナイフでつついているのだから! 白い皿の上の魚は刺身だろうか、生のままで開かれている。どこかで見たことのあるような魚の目がぎょろりとしていて、おれを睨んでいるようだった。慌てて船長に声を掛けようと口を開く。 「船長、あの…。」 ナイフとフォークで刺身の中を突いている船長は、真剣そのものだ。 どういう心境かは分からないけれど、食べる気になったのだからそっとしておこうかどうか悩む。それにしてもスープかサラダじゃなくていきなり刺身を食べようとするのには驚きだ。 とりあえず自分の皿を持ってこようと思い踵を返した時、小さな呟きが耳に届いた。 「―・・・・、・・・・・、」 「・・え?」 おれに向けられた言葉じゃないと分かっていたけれど、思わず振り返る。 「 ・・・肝臓、・・・腎臓、心臓、腸・・・鰭、排泄口・・・卵巣・・と、皮・・・。 ん、ペンギン。大丈夫だぜコイツ。毒は持って無ぇ。 」 すぐ隣のキッチンに向けられた船長の声に、ひょいと姿を現したのは黒いエプロンをしたペンさんで。 「手間をかけさせてすまないな、船長。」 このやり取りに、おれはひくりと頬を引き攣らせた。 そういえば船長の手元をよく見れば、小さく切られたリトマス紙やシャーレ、こまごめピペットやよく分からない薬品が散らばっている。ピンク色のリトマス紙が色を変えずに濡れているのを見ながら、おれは大きな溜息を吐いた。 なんて事はない、食べてたんじゃなくて毒が無いか見ていただけだったんだ。 一人で勘違いをしていて自分が情けなくなってくる。その間にも船長は器用に解剖した魚を元のように戻して、ピンセットを拭っていた。 「あと他には?」 「この魚なんだが。」 ペンさんが銀トレーに乗せて持ってきた魚は、色鮮やかな鯛のような魚。そういえば、今解剖されていた魚もどこかで見た覚えがあると思っていたけれど。 ・・・あれはさっきベポが釣り上げてた魚じゃないか! 「貸せ。・・・ああ、キャス。何だお前今から飯か。」 トレーを受け取った船長が、ようやくおれに気付いてくれた。 綺麗な皿に乗せられた魚は、おれを睨み続けている。 「はい・・・・・いいえ・・・。」 「あ?どっちだよ。」 首を傾げる船長に、おれはぐぅと鳴る腹を押さえて、愛想笑いを浮かべた。 今首を縦に振ったら、さっき解剖された魚を実験と称して食べさせられそうだったから。 「ここらへんの海域で取れる魚はほぼ安心ということか。」 「あ、ちょっと待てこの魚、エラ付近に毒袋があるな。」 ペンさんと船長の会話を聞きながら、おれはそっとその場を後にした。 ******** 結局、ちょっと離れたところでご飯を食べたらしいです^^ 091223 水方 葎 |