* アイスクリーム *




















色とりどりのアイスが入った大きなアルミ容器。
それらは二列に並べられ横へ連なり、硝子張りにされていた。
「うわああ、どれにしよっかなー。」
キラキラと目を輝かせながらそれにへばりついているのはキャスケットである。
商品名と味の説明書きが書かれたプレートを見比べてはあっちが良い、こっちが良い、と硝子の前を行き来している。試食も出来ますよ、という店員の言葉にテイストスプーンを貰い味比べをしている彼は、とても生き生きとしていた。
「食いたいヤツ、見つかったかよ。」
後ろで控えていたローが声をかけると、キャスケットは口に小さなマゼンタ色のスプーンを咥えながら振り返った。その表情は満面喜色である。
「はひ!ほのキャラメルアップルタルトにひまふ!」
十二月限定と可愛らしい販促ポップが張られたそれを指差す。ワッフルコーンで、と店員へ注文を済ましたキャスケットは、まだ他のアイスを眺めながらペンギンへと声をかける。
「ペンさんはどうしますー?」
「・・・・カプチーノビスコッティをカップで。」
声を掛けられたペンギンは眉間に皺を寄せたまま、店員へ小さく注文をした。


支払いを済ませてアイスクリームを受け取った後、近くに手頃なベンチを見つけ腰掛けた。
比較的穏やかな島である。3人が来ている高台は港や街が一望出来、この景色を目的とする観光客も少なくないようだ。その為か、頂上付近では聊か場違いな屋台が数店並んでいる。
たこ焼き、焼きそば、綿菓子…アイスクリームの店もその一つだった。
それに興味を示したのは勿論キャスケットで、休憩がてら食べませんかと提案をしたのも彼である。提案とは言うが、サングラスの奥の瞳はキラキラと輝いていて、"食べたい"と言っているようなものであった。
餓鬼みたいなはしゃぎ方をするなと口に出そうとしたローも、その表情に何も言えなくなる。キャスケットが幼少よりこの手のものを望みながらも縁の無い生活をしてきているのは、誰よりも理解しているつもりだ。
甘やかすつもりではないけれど、たまにはいいだろう。
脂っぽい唐揚げや匂いのキツい烏賊焼きを欲するよりかマシかと結論付けて、小さな休憩をとる事にしたのであった。
「アイスアイス〜。」
上機嫌でアイスクリームをスプーンで掬い、口に運ぶキャスケット。キャラメルアップルタルト、という名前だけで既に甘そうなそれを味わい口元を綻ばせる。クッキークランチが入っているらしく、サクサクとした食感を楽しむキャスケットにローが苦笑する。
隣で見てると身体ばかりが大きな子供にしか見えないのだ。
「旨いか?」
「はい!そんなに甘すぎませんし、美味しいですよ。」
船長も食べますか、という言葉をアイスと共に飲み込むキャスケット。この穏やかな時間の中、下手に食べ物を勧めて機嫌を悪くするのは望むところではない。自発的に食べたいと言ってくれればそれが一番なのだが、それが淡すぎる期待だということは十分理解していた。
そんな心情を知らず、キャスケットの喜々とした表情に小さな満足感を覚えたローは、反対隣に座るペンギンへ声をかける。
「つーか珍しいな。お前も食うなんて。」
「まあ、たまにはな。」
「ふぅん・・・。」
ペンギンが頼んだアイスはキャスケットが食べている甘さが引き立つアイスとは違い、エスプレッソを主体としたほろ苦いチョコレートアイスである。とても彼らしい選択だ。ペンギンも幼少からこのような甘味には縁が無かっただろうが、キャスケットほど執着はないみたいである。ただ本当に何となくだったのだろう。
特に感想が無いのが、また彼らしいとローは思った。
「それにしても色々種類あるんですねー。迷っちゃいますよ。」
「迷いすぎだろう。目が輝いていたぞ。」
「はは、だって毒々しい色のアイスとかもスゲー気になって。マシュマロが入ってるやつとか、口の中でパチパチ弾けるやつとかも美味しそうじゃないですか。」
ペンギンの言葉に少々照れなが弁解をするキャスケット。
ローも様々なアイスには目を惹かれたものの、毒々しい色を敢えて食べてみたいなどとは到底思えなかった。話をする二人に挟まれながら、小さく欠伸をする。
「シンプルなバニラとかオレンジも良さそうだったなー。」
「お前は変り種の方が好きだろう。」
「ええ、そうですけど。」
実に長閑である。何も無い島ではあるが気分転換にはなったな、とローが伸びをしたその時、少し離れた場所を歩く親子の会話が耳に入ってきた。
「このね、さいごのコーンがね、美味しいんだよ!」
「分かったから、早く食べちゃいなさい。溶けちゃうわよ。」
子供の手を引く母親が笑いながら注意をする。男児の手には最後の一口となったコーンの先っぽが残されていて、僅かにアイスが詰まっていた。はーい、と返事をしてぽいっと口にアイスを放り込み、楽しそうに母親にじゃれつく子供。
他愛のない風景のヒトコマを見送ったローは、ふとペンギンの方を見る。
キャスケットとの会話を続けていた彼は、その視線に小さく首を傾げた。
「どうした、船長。」
手には、残り少ないカップアイス。じわじわと溶けてゆくそれを気にも留めずローを見る。
しかしローはペンギンの手元を見詰めただけで、何も言わず今度はキャスケットの方を向いた。
「船長?」
キャスケットも不思議そうな顔で呼ぶ。ペンギンとは違いコーンで注文している為、アイスが溶けてふやけたら困る筈だが、頓着せずローを見返している。その手の中のアイスは残り3センチほどの高さしかない。
あとはポイと口に入れるだけだろう。
じぃとそれを見たローは、おもむろにキャスケットの手首を掴み―

パクリと、それを食べた。

「・・・・・・・・あ。」
「・・・!」
空になった右手を凝視するキャスケットと、眉を顰めるペンギン。
そんな二人を余所にローは口の中のそれをもぐもぐと咀嚼してアイスを味わう。キャラメルが少し苦めに出来ているからか、甘すぎない。コーンの先端故にアイスの部分の比は少なく、かえって丁度良かった。
あの子供の言っていた"最後が美味しい"とはこういう事か?と内心首を傾げる。
確かに不味くはない、というのが感想だ。
「・・・さ、最後のひとくち・・・!」
震える声に、顔を上げるロー。俯くキャスケットの表情は見えなかったが、普通ではない様子に我に返る。
あれほど嬉しそうにアイスを選んで頬張っていたのだから、先程の子供と同じく最後の一口を楽しみにしていたのではないだろうか。つい衝動で食べてしまった事に、小さな罪悪感を感じる。
身を固くしてふるふると小さく震えるキャスケットにバツの悪そうな顔で声をかけた。
「ぁー・・・、キャス、その・・、」
とりあえず謝罪を試みるが、どう声をかけていいのか分からない。
アイス一口でガタガタ言うなよという台詞は食べた張本人が言うものではないし、そこまで神経が太くはない。新しくアイス買ってやるから、というのも何かが違うと思う。
それにしても、好き嫌いはあれど食べ物に固執しないキャスケットにしては珍しいほどの沈み様である。そんなに楽しみにしていたのだろうか、そうだよな頻繁に食べれる物じゃねぇし、等とローが思っていると、隣から憮然とした溜息とともに声が掛けられた。
「違うぞ、船長。」
「?」
聊か不機嫌なペンギンの言葉に振り返ったローが、どういう事だと言おうとした瞬間、キャスケットに肩を掴まれる。
「船長!!」
「な、何だよ。」
ビクリとして首を捻りキャスケットを見ると、予想とは180度違い、幸せを噛み締めるような表情。アイスを選別していた時以上に目が輝いていると思うのは気の所為だろうか。
訳が分からないローに向かって、キャスケットが早口で捲し立てた。

「もう一個食べたらもう一回食べてくれます!?」

・・・・・・ああ、成程。
そこでローは漸くペンギンの台詞の意味を理解したのであった。
「食わねぇよ、馬鹿。」
「調子に乗るんじゃない、キャスケット。」
謝ろうとした自分を恨めしく思いながら吐き捨てるローと、苦々しく釘を刺すペンギン。


傍から見たらとても海賊らしからぬ光景だったことだろう。

それほどこの3人を取り巻く空気は穏やかだった。
















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男三人で並んでアイス・・・(失笑)
アイスの種類はサーティ●ンから。




091213 水方 葎