広々としたベッドの上に座る、独つの影。

その向かいに座るのは、青い目をした黒猫の縫い包み。



「さいしょの鬼は、ロー。」









キャスケットは闇の中、ふと目が覚めた。
海賊としてこの船に乗ってから、今まで以上に感覚が研ぎ澄まされ、こういったことは別段珍しくない。第六感とでもいうのだろうか、敵襲だったり海王類の襲撃だったり、嵐がやってくる時にそれは働いた。秋島の海域で多少の冷えがあるものの、身体の様子からして、寒さや尿意の所為ではないことは明らかである。
むくりと上体を起こしてみた。
「・・・・・・。」
意識は驚くほどハッキリとしている。まるで真冬の夜空のようにクリアな脳内に、一つ呼吸をして酸素を送り込んだ。同時に、武器の位置や大砲の状況、それから船の状況を思い出しておく。そう、今日は風が強く妙な方向に流されかねないと、帆は畳んでいる。火薬庫の懸念材料も特に無い。
戦闘になるのなら、準備は万端だ。
「・・・・・?」
けれど、いくら待っても戦闘前独特の胸騒ぎは起こらないし、外の静かな気配は変わらない。
たまにはそんな時もあるか、と寝直してしまおうにも、頭が冴えてしまっているのでその気にはなれない。
それに、この海上の生活に於いて油断は大敵だ。第六感を甘くみていると酷い目に逢う。
「どうしようかな…。」
ぽつりと呟いた声は部屋の中に溶けた。
少し迷った挙句、キャスケットはベッドサイドに置いてある非常用のダガーを片手に、立ち上がった。
「船長・・・たぶん、起きてる。」
それは確信だった。
元から睡眠をとらない船長の事だ、今夜もきっと本を読んだりぼうっとしたりして退屈な時間を潰している筈。おれが起きているのだから、もしかしたらペンさんも起きているかもしれない。
そんな事を思いながら部屋を出る。向かうは左手奥にある、船長の部屋。
なるべく音を立てないように廊下を歩き、ノックを二つ鳴らす。
「船長?起きてます?」
そっと声をかけるが、返事は無かった。けれど返答がない事は日常茶飯事のため、特に気にせずノブに手を掛けるキャスケット。入ってきて欲しくない時は鍵を掛けてあるため、カチャリと捻れた事に多少の安堵を覚える。
「・・・・船長?」
部屋のドアを盾のようにして、そっと中を覗き込む。けれど中の様子は薄暗く、人の気配は無い。
「(まあ、船長が居ても気配は無いけどさ…。)」
そんな事を思いながら、何処に行ったのだろうかと思案する。
ペンさんの部屋、
ベポの部屋、
甲板、
見張り台、
キッチン・・・なんて、勿論いる訳がない。
適当にあたりをつけたキャスケットは、回れ右をして廊下を進み、階段を降りて甲板への道を進んだ。
夜独特の眠りについた静けさの中、波打つ音だけがあたりに響いていた。どうやら他の者は起き出してきてはいないようだ。やはり第六感は自分にだけ働いていたのか、それともただ偶然に起きただけだろうか。
トン、トン、と軽く階段を降りて甲板へ出る瞬間、キャスケットは海と風の音の中に混じ入る異音を捉えた。
「・・・?」
思わず立ち止まり耳を澄ます。

チャプ・・・

  ピチャン・・・・・・

「風呂場…?」
呟くと同時にまさかな、と思う。戦闘後などでない限り、夜中に風呂を使うクルーは滅多に居ない。
水音が響き誰かを起こしてしまうのを嫌って船長も使わない筈だ。洗面台を使うのとは違う、大量の水が揺れるチャプチャプという音に首を捻りながらも、風呂場に足を向ける事にする。
進むにしたがって大きくなる水の音に不信感を募らせながらも、キャスケットはそろりそろりと廊下を歩いた。途中通る場所から甲板や見張り台に目を向けてみるが、ローの姿は見つける事が出来なかった。
そんな中、キャスケットは部屋を出る時に時間を確認していない事に気が付いた。
日はまだ出てくる気配が無い。しかし夜が浅い訳でもなさそうなので、きっと丑三つ時…もう少し過ぎたあたりだろうかと適当に推測する。時間が分かっても特にする事はないのだが、こんな夜中に不審な水音がしているということで俄か緊張しているのだ。
こういう時は何か考え事をしていた方が気が紛れる、と自分に言い聞かせて進む。
「(実体の無い敵はちょっと遠慮したいんだけど…。)」
いよいよ音の正体とご対面という前に、深呼吸をひとつ。まさかこんな場所に敵ということはないだろうが、此処はグランドライン。何があってもおかしくないというのは身をもって体験している。
深呼吸を終えたキャスケットは腰のダガーに手をかけ、音をたてないようにそっと扉を開けた。

だが、そこに居たのは。

「・・・・・・せん、ちょう・・?」
開けた視界には、風呂場へと続くドアが開けられたままになっている洗面所。
そしてその先には探していたローの姿。
「ああ、・・・キャス。」
ゆるりと答えるローだったが、何か様子がおかしい。
濡れるのを厭わず風呂場の床に座り込み、左腕を浴槽の中に浸けている。力無く浴槽の淵へしなだれかかっている体勢に、キャスケットはギョッとして走り寄る。
これではまるで、手首をカットした自殺志願者ではないか。
「ちょっ、船長何してんですか!?」
湯気が無く室温も冷ややかなままであるということは、浴槽に張られている水がお湯という可能性は極めて低い。
ガバリと自分の方へ濡れた痩身を抱き寄せる。
「うわ冷た!」
左腕だけでなく、全身がひたひたと濡れている。それでも構わず抱き込め、冷たい全身を摩った。
同時に、本当に手首を切っていないか軽く確認する。我ながら馬鹿な確認だと思わないでもなかったが、前科があるため油断は出来ない。細い手首が青白いのはいつものことで、そこに鮮血が無い事に軽く安堵する。
「ああもう!えーと、タオルタオル!」
どこか虚ろなローの身体をさすり続けながら、急いで辺りを見回した。いつもならドアのところに、次に使う人用にタオルがかけられている筈だが、それは見当たらない。とりあえず脱衣所まで運んで、大判のバスタオルで包んだ方が良さそうだと判断する。
大判タオルが入っている棚の方、つまり洗面所へ目を向けると、洗面台の脇に不審なグラスが一つ置かれているのが見えた。洗面所では使用しない飲食用の透明なグラス。中には一見ただの水が半分だけ入れられている。
誰かが使った後だろうかと訝しがりながらも、目の前の事を優先すべく膝に力を入れて立ち上がった。
「せんちょ、ちょっと移動しま・・・、・・―っ!?」
そんなキャスケットの目に飛び込んできたのは、



浴槽に沈められた、黒猫の縫い包み。



息を呑んでかろうじて声を上げる事は無かったが、身体が硬直して動かない。
視界を動かせないキャスケットは、それをじいと凝視した。ゆらゆらと揺れる水面の底、一見可愛らしい猫のぬいぐるみが静められている。否、それだけではない。一度手足がもぎ取られたのか、手足の縫い目からは白い綿が見え隠れしている。
縫い糸は赤く血の色に似ていて、造り物の青い目は丸々と見開いたまま此方を見上げていた。
その容姿が、何故だかローと被って見える。
「船長・・・、こ、れ。」
ゴクリと唾を飲み込む。
腕の中のローはくたりとキャスケットへ身体を預けたまま、ゆっくりと顔を上げて溜息を吐く。
「・・・あーあ・・・。」
残念そうな声に温度は無い。
月明かりが僅かに入るだけの薄暗い浴室の中、時折聞こえる水音。
ローが小さく呟いた。




「ひとりかくれんぼ…する前に見つかっちまったな。」




「いくら暇だからって、んな危険な遊びしないで下さい!!!」

そうして静寂の中、キャスケットの声が浴室どころか船中に響き渡ったのだった。




fin.



********
ペンギン「(タオル抱えてひょいっと顔を出し)煩いぞ。」
キャス「―ッ!!ひぎゃあああああおばけええええ!!!」
ペンギン「誰がお化けだ(イラッ)」
ロー「あー…耳元で騒ぐなよお前…。」
ベポ「なあにー?今キャスケットの大きな声がしたけどー・・・むにゃむにゃ。」
っていうオチ^^
ペンギンは予測して先にタオル準備しに行ってたのでキャスに出遅れたという。第六感パネェなこいつら。


ひとりかくれんぼを知らない方はwikiとかでどうぞ。自分呪いとか降霊術とか言われてる。
暗い部屋の中、米と爪を詰めたぬいぐるみに向かって「最初の鬼は、ロー。」って3回繰り返してる船長萌える。
(´ロ`*)





091207 水方 葎