* 宿の話 *




















おれはただ、黙ってその光景を見ていた。




何の表情も、持たないまま。





・・・持てないまま。








「人殺し!!!」
駆け付けた少年が、あらん限りの力で叫ぶ。
辺りには血溜まりと飛び散った血液、破損したテーブル、硝子の破片。
それらはおれにとって酷く見慣れた光景だった。
いきなり因縁をつけて襲いかかってきた男の首を、船長が反射ともいえるスピードで斬り落とした。
ただ、それだけだった。


「人殺し!!!父ちゃんをよくも!!」


少年は気が狂ったように、叫び続ける。
帽子を目深に被った船長が、黙ったまま愛刀を鞘へ終い、店の外へ出ようとする。
まるで少年の声なんて聞こえていないように。
おれもそれに続こうと、迷惑料としての札束を床へ放り投げて踵を返した。


「待てよ!!待、」




ガッ、




背後から、鈍い音が聞こえた。
船長やおれが襲撃された音じゃない。
気だるげに、ゆるりと振り返ってみる。





「 お ま え も 、 死 ぬ か ? 」





片手で少年の咽喉を締め吊るす、ペンさんの姿。


―嗚呼、それは優しさだったのかもしれない。


ぐぐ、とか、うぐ、と潰れた音しか出ない少年は苦しそうにもがくけれど、勿論ペンさんの力に敵う筈がない。そのまま宙吊りにされ、少ない酸素を無駄に吐き出しボロボロと涙を落していた。
怒り、憎しみ、悔しさ、恨み、悲しみ、色々な感情が篭った目。


おれは、おれ達は、それを見慣れてしまった。


だから、成す表情すら無かったんだ。



本格的に死へ近付いているのだろう、少年の口端から泡が漏れ、眼球が痙攣しだした頃、黙したまま背を向けていた船長の声が酒場に響いた。



「ペンギン。」








やめろ。








凛と伝わる空気。
ドサリ、解放された音。
酒場を出る船長。
力無く床へ伏したまま咳き込む少年を一瞥したおれは、今度こそその物体に興味を失った。
少々錆付いた年代物のドアを開けて、急ぐ訳でもなく船長の後を追う。
そしておれは、後ろをついてくるペンさんに向かって声を掛けたのだ。









「ペンさーん、今日の宿どうしますー?」












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よくある話と船長の気まぐれ。



091031 水方 葎
091127改