* 蜜柑 *




















「・・・・あ?」
夕方、談話室に入ったローの目に入ったのは、鮮やかな色をしたオレンジだった。
テーブルの上に一つだけ置かれたそれの周りには、いくつか食べ終わったらしき皮が散乱している。
「あ、船長おかえりなさーい。」
「おかえり、船長。」
モグモグと口を動かしながらローに声をかけたのはキャスケット。テーブルについているペンギンも食べ終えたらしいオレンジの皮を片手にローを迎え入れる。
「街のほうはどうでした?」
「ああ、本屋と雑貨屋少し見て回ってきただけだ。見た目通りこじんまりした島だぜ。」
つい先程着いたばかりの島へ散策に出ていたのはローとベポだ。小さな島だが市場や大通りはそれなりに賑わっていて、ログが溜まるまでの間なら退屈しそうにないな、と見て回ってきた帰りである。
「どうしたんだよ、それ。」
今度は自分が質問する番だと、机の上のものを顎でさす。
するとローが食べ物に興味を示したのが珍しかったのか、キャスケットが嬉しそうに答える。
「ああ、船長達が散策行ってる間、おれとペンさんで港を少し見て回ったんですよ。そしたらコレが売ってて。」
「出港はまだだし、いきなり大量に買うほど馬鹿でもないからな。味見程度に買ってみた。」
キャスケットの言葉に、ペンギンが付け加える。その言葉通り、本当に味見程度なのだろう。残った皮から逆算しても3〜4個しかテーブルの上には無かったとみえる。
ふぅん、と適当に相槌をしたローは愛刀を壁に立て掛け、自身もテーブルの席へと腰を下ろす。
「水でも持って来ようか?」
「いや、いい。」
ペンギンが席を立とうとするのを遮る。
味の付いたものを好まないローが珈琲や紅茶よりも水を飲むのは周知の事実だ。外を歩いてきて喉が渇いてないはずがないのに、とペンギンが内心首を傾げていると、ローの細い腕がゆっくりオレンジへと伸びる。
「これ、食うぜ?」
「…!」
「せ、せんちょ…!?」
ローの言葉に、いつだったかホットケーキを所望した時のデジャヴだと思いながらキャスケットとペンギンは固まった。まさか自分達の船長から『食べる』という単語が出るとは、と言いたげだ。ここ最近ではいつ以来だろうかと、思わず回想を始めてしまうほどである。
そんな二人の様子など全く我関せず、オレンジの皮を剥こうと手の中で小ぶりなそれを転がしているロー。しかし何か腑に落ちない事があるのか、それを持ち上げたり角度を変えたりして、中々剥き始めようとしない。
「ど、どうかしたんですか?」
恐る恐る、キャスケットが尋ねる。
何癖つけてやっぱり食べない、という心変わりが今までに無きにしも有らず、そのため幾分か慎重だ。
「んー…。」
変わらずローは手元の鮮やかな橙を見詰めている。
見かねたペンギンも口を開いた。
「何か異変があったら言ってくれ。」
「いや…。これ、オレンジにしては小さくね?」
華奢とは言えしっかりと成人男性の手をしているロー。そしてその手中に収まる橙は、オレンジというのには少し小さすぎた。そしてその柔らかな感触から、皮も薄そうである。
ローの言葉になんだそんな事かと安堵したキャスケットは、笑ってローの手の中のオレンジをそっと手に取った。
「この島の特産品で、"蜜柑"って言うらしいですよ。」
「みかん?」
「はい。オレンジより小ぶりで皮も薄くて、中の薄皮もそのまま食べれるらしいです。」
「へえ…。」
なるほど、辺りに散らかっている蜜柑の皮の中に、薄皮は見当たらない。それどころか種すら無さそうである。
ローが物珍しげにしていると、キャスケットはスルスルと皮を剥いてゆく。全く力を入れていないその手つきを関心したように見ている姿に、思わず苦笑が漏れる。
「ほら、こっちの緑の茎がある方から剥けば、白い筋も結構綺麗に取れるんですよ。」
「ああ、なるほどな。繊維の方向か。」
小さく頷く様子に、ペンギンも微笑を浮かべて見守っている。食事は殆どサプリメントで済ませるローがこうして食べ物に興味を持つことは珍しい。だからこそ、こののんびりとした空気は貴重な時間だった。
「はい、どうぞ。」
剥き終わったその中身を返そうとするキャスケットだが、ローはそのまま受け取らずに小さく口を開いただけだった。
「え?」
「・・・あ。」
口を開けたままのローに、キャスケットは思わず冷や汗が垂れる。確か以前にも似たような事が何度かあったような、とデジャヴの連発に合っている彼は、もうペンギンの方を向くことなど出来ない。視線が痛い、と思いながらも丁度一口ほどの大きさの身を割ってローの口に運ぶ。
「・・・ん、」
「どうですか?」
もぐもぐと咀嚼し、こくりと飲み込んだ様子を見守っていたキャスケットは、小さくたずねた。
「・・・・・悪くねぇな。」
その言葉とは裏腹に、蜜柑の程よい酸味を満喫しているらしいローは嬉しそうな顔をしている。安堵したキャスケットは、ですよね、と返してもう一度小さな身を割った。


「うまかった。」
そしてローはその日、非常に珍しく蜜柑丸ごと一つを完食したのであった。






翌日。
談話室のテーブルの上には、紙袋一杯の蜜柑。
「・・・・・もう食わねぇぞ。」
「それは残念だ。」
眉を寄せて呟くローの言葉に、全くもって残念がっている様子の無いペンギンは紙袋から一つ蜜柑を取り出した。
「気に入ったのなら、マーマレードやゼリーにしようと思ってな。」
ああ、船長には丸ごと搾ってオレンジジュースにした方が良いか、と言うペンギンに、ローは目を輝かせる。
「ジュースにしようぜ、ジュース。」
「菓子にするのも悪くないだろう。」
「ああ、任せる!」
お前が作るのならクッキーくらい食べてもいいしな、と上機嫌のローに、ペンギンは唇の端を上げる。昨日キャスケットとローの遣り取りを見ながら、どう加工すれば食べて貰えるか考えた甲斐があったというものだ。この際多少嫉妬したのは無かった事にしておこうと思うペンギン。
「(栄養はきちんと食物から取るのが一番だからな。)」

そして今度こそ自分の手から食べて貰おうと心に誓うのであった。




やはり嫉妬していたのだということに、自分自身気付かないまま。













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もうなんかペンギンの邪な思考が半端無い。
そして素で「あーん」を始めるキャスロ。
最初はローが自分で食べる話だったんだけど、蜜柑を剥かせるのもアリだと思い変更(笑)

茎の方から向けば綺麗に取れるのは事実ですので、皆さんもぜひこの冬やってみて下さい。
キャスケットになりきって^^





091108 水方 葎