* 欲求不満? *




















ダダダッ、と階段を駆け下りる音が響いた。
その音自体はこの海賊船に於いて珍しいものではない。クルーの誰かが慌てる時に立てたり、ベポがはしゃいでいたり、様々だ。けれどそのどれにも属しておらず、聞きなれない軽めの音にペンギンは思わず振り返った。
「ペンギンっ!」
「!?」
そしてペンギンの目いっぱいに映ったのは。


無邪気に笑い、ペンギンへ向かって大きく手を伸ばすローの姿。


階段から飛び降りたのだろう、斜め上から落ちてくるローへ慌てて腕を出したペンギンは、ドン、という鈍い音と共にその細い身体を抱き止めた。いくらローが軽いとはいえ、人ひとりが降ってくる衝撃というのは大きい。しかも落ちてきた角度から察するに、結構上の方から飛び降りたようだった。
「・・・・船長。」
詰めていた息を細長く吐いたペンギンは、安堵と同時に溜息を混じらせる。
ペンギンの首に抱きついたローは何が楽しいのか、珍しく声に出して笑っている。
「はははっ」
「・・・・。」
何の打算も無い陽気な笑いに酒が入っているのかと訝しがるペンギンだったが、それならばもっと鼻につくような酒気がローを取り巻いている筈だと内心首を振る。細い、腰より少し下に回した手に力を込めたペンギンはローの耳元で囁いた。
「船長。危ないだろう。」
「危なくねぇよ。お前だからな!」
そう言って再び笑う。
何がそんなに楽しいのか、今日のローは笑ってばかりだ。何かあったのだろうかと考えようとしても、ペンギンの思考は霧がかったように霧散してしまう。耳に入るのはローの笑い声だけで、視界を満たすのは抱き締めた身体と青い空。なんて幸せなのだろう、と思考を放棄してペンギンも唇の端を上げる。
「ペンギン、好きっ!」
ローが至極嬉しそうに、首から背にかけて回した腕に力を込める。同時にペンギンの肩へ擦り寄るその様子は、まるで甘えたい盛りの猫のようだ。
「ああ、おれも船長が好きだ。」
ペンギンがそう言えば、ははっ、と笑ってまた擦り寄るロー。
階段から飛び降りた事に対する小言や上機嫌な事に対する追求など、既にペンギンの中から霧散している。それどころか楽しそうなローの様子につられるように満面の笑みを作っていた。
そうしてローはひとしきり笑った後、ペンギンに身体を預け足を浮かせたまま少し身を引いた。いつものニヤニヤと裏を含んだ笑みではなく、純粋な笑顔がようやくペンギンの視界へと収まる。空っぽな訳ではない、心の底から楽しんでいるというような笑顔。
二人に流れる時間だけがとてもゆったりと、幸せな時間で満ちていた。
「ペンギン!・・・ん!」
ローは上体を少し逸らしてペンギンと向かい合っているだけなので、お互いの距離は僅か15cm程度。その距離の中、キスを強請るように目を閉じる。北の海の氷を思わせる美しい瞳が瞼に遮られたのを残念に感じながら、ペンギンは何の躊躇もなくローに口付けた。それ以上の行為すら数え切れないほど交わしている仲の二人である、キスなど今更だった。
「・・・、・・。」
「ふ、ぁ。ペン、ギ・・・。」
けれどいつもより満ち足りてゆく感覚に、ペンギンは求められる以上の口付けを繰り返す。
ちゅ、ちゅ、と軽い音を立てていたそれが次第にお互いの口を貪るようなものに変わり、舌で弄るような激しいものへとなってゆく。快楽を引き出すようなものではなく、ただお互い好意をぶつけあうようなものだった。
「んぅ、む、・・・。」
気まぐれはあるものの普段から積極的に舌を入れてこないローだったが、今回ばかりは特別らしい。もっともっとと強請るようにペンギンの口内へと己を差し出す。そんなローを丁寧に迎え入れ、甘やかすように舌を舌でゆるりと舐め上げるペンギン。お互いの唇からはどちらのものとつかない唾液が細く零れ落ちるが、そんな事はもう二人の視界に入っていなかった。
「・・・・・ふ、ぁ・・・。」
「・・・・。」
酸素を求めローが少し身を引いた。ぴちゃり、と小さな水音がその場に響く。
少し荒くなった息をそのままに、ペンギンはローを真っ直ぐに見つめた。
「・・・ペンギン、好きだぜ。」
高揚し目元を赤らめている表情で、ローが再度その言葉を口にする。
薄く形のいい唇が動くのを、ペンギンはまるでスローモーションのように感じていた。
「おれも好きだ。愛している。」


嗚呼、もう二度と離したくない。

このまま抱き締めていたい。



柄にも無くそう思った。










「・・・・・・・・・・。」
ゆるりと意識が浮上したペンギンは、そのまま上体を起こす。
何てことはない、自分のベッドの上だった。
少し首を捻り窓の方を向けば薄いカーテン越しにも光は無く、正確な時間は分からないもののまだ深夜だということが窺い知れる。
「・・・・・・。」
そうして一つ、溜息を吐く。


「・・・・足りない。」


すっかり醒めきってしまった頭で呟いたペンギンは、床へ足を下ろした。
隣の部屋のキャスケットが起きないように、そっとドアノブを捻って静まり返った廊下へと出る。
『眠れていないだろうから』なんて言うのはいつもの台詞だが、今日ばかりは言い訳になりそうだと、ペンギンは小さく苦笑した。













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ていうかこのサイトでペンギンの夢オチ率パネェな!




090823 水方 葎