※VS!!無料配布した小説2編です























* 生活習慣病の罠 *











ペンギンは、ローの扱いが上手い。それは自他共に認める事実である。
けれど何事にも例外というものはあるものだ。
「いいから。お前忙しいんだろ?」
その台詞を聞いた時、ペンギンはしまったと内心臍を噛んだ。数日前の戦闘と同時に起こった嵐で船が著しく破損し、修理やら補修個所を調べてせわしなく動き回っていた。勿論ローも例外ではなく、他のクルーから知らせを受けたり指示を出したりしていたが、ペンギンよりはマシだったかもしれない。そもそも、ペンギンが仕事を他人に任せておけない性質…というよりも自身の目で確認したかった事が多く、それゆえにこれほどまでに動き回る事となってしまったのだ。
そしてこの数日間、ペンギンはまともにローと話をしていなかった。
「いや、こちらはもうだいぶ片付いた。さっきの報告で最後だ。」
「ふぅん。」
別にまったく無視していた訳ではない。ところどころ気にかけてはいたし、夜は必ず顔を出していた。
それでもいつもより会話の数が減っていたのは事実である。
「船長。だから、今日は一緒に」
「おれ今日はベポと寝るし。」
見事台詞を遮ったローは、不機嫌以外の何物でもない。ペンギンの目を見ようとしないで書類に目を落とすローに、どうしたものかと視線を彷徨わせた。
けれど一つ、ペンギンの中に疑問が残る。
今までだって同じように忙しかった時は多々あった。そんな時にローは今みたく拗ねていたりしなかったし、寧ろ触れられなくてやきもきしているのはペンギンの方だった。その自覚もあるペンギンは、珍しく拗ねているローにどう接していいのか分かりかねていた。
「船長。何かあるのなら言ってくれ。」
拒絶ともとれるローの言葉に、ペンギンがたまらず根を上げる。その言葉にようやくチラとペンギンを見たローだったが、またすぐ視線を落としてしまった。
同時に投げられた言葉。
「・・・ただの生活習慣病だ。」
「生活、習慣病?」
思わずローの言葉を反復するペンギン。
生活習慣病といえば、文字通り生活習慣が要因となって引き起こされる病気の事だ。ローがそれを患っているとすれば一大事なのだが、ペンギンの脳は今までの勘で『そうではない』と告げている。
「この話は終わりだ。」
これ以上何も言う気が無いと打ち切るローに、もうヒントはもらえないのだと判断したペンギンは、一つの単語に思考を巡らせる。その間にもトントン、と書類を纏めたローは他の書類と一緒にデスクの中に仕舞い、就寝の準備を進めてゆく。先程の言葉通り、今日はベポと眠るのだろう。出しっぱなしになっていた本などを片付けたのち、枕を腕に抱えてベッドに腰掛けていた。
後少しでベポが見張り当番の交替の時間になる筈なので待っているらしい。
だがいつまでも無言のまま部屋に居るのは居心地が悪かったのだろう。ついと立ち上がり、考え事を続けるペンギンの傍を通り抜けてドアの方へ向かう。
「ベポの部屋に行く。」
わざわざそう声をかけるローに内心苦笑したペンギンは、ふと声をかける。
「寝るのか?」
「寝る。」
実際には『眠れるのか?』という問いだったが、それを汲んでもローは寝るという主張を変えない。
最早意地になっていた。
「本当に寝るのか?」
「煩ぇやつだな。寝るっつってんだろ。」
「・・・・そうか。」
すれ違いざま「部屋に戻るならランプ消しとけよ」と声をかけたローに、そういえば、とペンギンがその腕を掴んだ。咄嗟の事にローも怪訝そうにペンギンを見上げる。ただ、掴まれた腕だけは振りほどこうとしなかった。
「何だよ。」
「・・・・。」
その様子と、自身がこれからしようとしている事とで、ペンギンは何かが繋がったような気がした。
「(そうか。コレ、か。)」
寝る前にしていた、キス。
ローは生活習慣病だと言っていた。
確かにここ最近、ほとんど毎日欠かさず、それこそ習慣のようにキスをして眠る事が日課になっていた。それが数日無かっただけで、ローに違和感を与え、そしてそれが不快感になってしまっていたのだろうと推測するペンギン。
そう、ローは別に拗ねてはいなかったのだ。
「船長。」
何かを確信した顔を向けられ、ローは一歩後ずさる。
掴まれた手を振り払ってベポの部屋に逃げ込んだとしてもあまり意味はないだろうと、観念して溜息を吐いた。知られてしまえばもう隠す必要もない。けれどそのままキスを強請るのも癪なので、繰り返し釘をさす。
「・・・生活習慣病だからな。」
「ああ、そのようだな。」
こんな生活習慣病ならいくらでも歓迎なのだが、と思いながらゆっくりとローを抱き締めたペンギンは、その額に柔らかなキスを一つ落とす。
「医者の不摂生とはよく言ったものだ。」
「誰の所為だよ。」
上目遣いで睨まれても、ペンギンは口元が綻ぶのを堪え切れない。少し前に、ローがきちんと眠れるようにと祈り半分で始めたそれが、いつの間にか自分達の日常となり、習慣となっていたのだ。
嬉しくない筈がない。
「7回、してもいいか?」
「・・・6日分なら6回だろ。」
「治療費だ。」
そうペンギンが言うと、ローは仕方ねぇ奴、と呆れたように笑った。長い事その表情を見ていなかった気がするペンギンは、体から疲れが取れてゆくのを感じながら、ゆっくりと近付いてその唇にキスをする。
「(ベポには替わって貰おう。)」
久しぶりの口付けに止まらなくなりそうな気がして、自制する気の無いペンギンは早々に白旗を上げたのだった。


fin.

























* たまにはこんな夜(キャスロ) *










「この海域は寒くなるからな。」
そうローからクルー達へ伝達が成されたのは少し前。
秋島と冬島の間にある海域に居るため、天候が不安定で航海士たちを泣かせているらしい。
キャスケットはふるりと身震いした。
「(確かに、寒いなあ…。)」
今日のマストの見張り当番はキャスケットになっている。夜は日に日に冷え込んでいるので部屋の毛布を持ち込んだが、どうやら足りないらしい。隙間を縫って体温を奪ってゆく冷たい風に、キャスケットは肌を擦り合わせる。
「今から降りてもう一枚毛布持ってくる、なんて出来ないし…。」
ぼやいて、漆黒の海へと視線を滑らせる。毛布を取りに行った時間の間に敵船が迫り、発見が遅れて命取りになるかもしれない。それはキャスケットの妄想でも何でもなく、紛れもない事実であった。
「もう飲み物も冷えちゃったしなあ。」
先の見張りと交替する時に持ってきたホットコーヒーは見張り台に上がってすぐに冷たくなった。
つまり今のキャスケットには暖を取る術がなく、且つ冷たい風をもろに受けることになっているのだ。手足がジンジンと冷え、感覚がなくなってきている。
「これ、寝たら凍死すんじゃないかな。」
寝るつもりはないがそんなことを呟いていると、急にキャスケットの背後から慣れ親しんだ声がかけられた。
「こんな気温で凍死するかよ。」
「ぅわっ!?」
ロープをよじ登って見張り台に顔を出している人物は、紛れもなく船長その人であった。
「船長!?しかもそんな恰好で何やってんですか!!」
キャスケットの驚きも尤もであった。ローはいつもの着慣れた七分袖のシャツとジーパンだ。部屋に居てもその恰好では寒いだろうとペンギンとキャスケットが言っていたのに、更にそのまま外の、しかも風が強い見張り台へ上がってくるなど言語道断だ。
「ほら、毛布。」
「え、ありがとうございま・・・って違います!!」
身軽に着地したローは、腕に抱えていた分厚い毛布をキャスケットに差し出した。
思わず受け取るキャスケットだが、そうじゃない、といきり立つ。
「風邪引きますよ!どうしてこんな、」
「お前寒そうにしてたじゃねぇか。」
「・・・・え?」
寒そうにしていた、というローはまるでキャスケットの事を見ていたような口ぶりである。だがこの見張り台から下は見えても、下から上は中々見れない筈だ。するとローがキャスケットの疑問に答えるように、再度口を開いた。
「眠れねぇからここの下でぼーっとしてた。」
なるほど、真下に居れば、寒い寒いと呟いていた自身の言葉を聞き取られたり、海を伺う様子から寒さが見て取れたのだろうと納得しかけたキャスケットだが、今現在言っているのはそういう問題ではない。
「も、とにかく、急いで戻って下さい!」
寒くないんですか!?と言ってもどこ吹く風でローは「北の海のほうが寒いだろ」と答えてしまう。二人っきりになれたのは嬉しいが、寒い場所にいつまでも船長を置いておく訳にはいかない。キャスケットはグイグイとローの背を押した。
「あああ、ほら、身体冷たくなってるじゃないですか!早く部屋に戻って下さいってば!」
「少しくらい、いいだろ。」
しかしローは一向に戻ろうとしない。要は眠れなくて暇だからキャスケットを構いに来ようとして、見張り台の下で機会を窺っていたのだろう。その顔にはありありと「退屈だ」と書かれているようであった。
けれどキャスケットも譲れない。弱いもの扱いしている訳ではないが、どうしてもローに風邪をひかせるような場所に置いておきたくなかったのだ。
「部屋に戻ってもつまんねぇし。それよりお前と此処に居た方が面白いじゃねぇか。」
しかし、こんな言葉をかけられてはキャスケットも反論できなくなってしまう。
元々彼は船長には甘いのだから。
「………少しだけ、ですからね。」
どうか明日ペンさんにバレませんように、と祈りながら、キャスケットは己が包まっていた毛布を広げてローが持ってきた毛布と重ねる。そのままローも纏めて抱き寄せれば、彼はくすぐったそうにキャスケットの腕の中で笑うのだった。
「やっぱり、お前は暖かいよな。」
楽しそうに笑うロー。
「まあ、体温は高めですけど…。」
人に触れる事を嫌うローにしては珍しくキャスケットに密着している。キャスケットは、寒さのせいもあるだろうが、何となくそれだけではないような気がした。

「・・・ほんと、・・あったけえ。」

ふとキャスケットが視線を腕の中に落とすと、どこか遠く、此処ではない何処かを見詰めている氷の双眸。
見られていることに気付いて、ローはゆるりと顔を上げた。
「…んだよ。ちゃんと見張ってやがれ。」
「はーーい。」
勿論、見張ってますよと内心呟く。
「(・・・船長のことだって。)」

見てますから。

だから、ちゃんと戻ってきて下さいね。

ギュ、と抱き締める腕に力を込めると、ローは力を抜いて、キャスケットに身体を預けた。
「・・・お前のせいで、考え事忘れちまった。」
「なら、おれのこと考えて下さいよ。」
「気が向いたらな。」
キャスケットは腕の中にある低めの体温に暖かさを見つけ、小さく微笑んだ。どうやら、今夜はもう寒さの心配をする必要は無さそうだ。
「暖かいですね。」
呟く声に、ローが小さく頷いた。




fin.









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09.11.02「VS!!」イベントにて無料配布しました。
貰って下さった方々、有難うございます!^^
今見るとまた古い感じがしますが(笑)少々手を加えてアップさせて頂きました。



091102 執筆
100215 少々訂正  水方 葎