情事後特有の気だるい空気を漂わせた部屋の中、ぽつりと男が呟いた。
「なァ、ユースタス屋ァ。」
呼吸を整えたばかりの其の男の声は幾分か掠れていた。
脳裏に思い浮かぶ痴態は勿論、そんな声すら己の征服欲を満たしてゆくのだと内心ほくそ笑みながら、声を掛けられた男はおざなりに答える。
「なんだよ。」
するとそんな男―三億の首、ユースタス・キッドだ―の様子など気にせず、話しかけた男の声はゆるりと続いた。

「・・・楽園の
果実を食ったのは、本当に罪だったのか?」

「・・・・・・・・・・・あ?」
何だソリャ、と情緒の欠片も無い声を返すキッド。
今この時と状況を考えれば、ヨかっただの、ヨくなかった(というのは有り得ないと自負している)、という話が普通ではないのだろうか。別段目の前の男に普通というものや甘い睦言を期待している訳ではないが、世間話すらスッ飛ばした、電波めいた話をされても返答のしようがないとキッドは考えた。
けれど男の言葉は、やはりキッドの様子など気にせずに紡がれてゆく。
「善悪を判断するのはいつも後世の人間だ。喰った本人はどう思ったんだろうな。」





 食 べ て は い け な い 赤 い 果 実 。





「―・・・やめとけよ。」



なるほど、そこでキッドは少しだけ横に寝転がる男の言いたい事が分かってきたような気がした。起きるのか寝直すのか分からない男は、心地の良い場所を探して寝がえりをうち、もぞもぞとシーツに包まろうとしている。シャワーを浴びる気力は無いらしい。まあ当然だろうとキッドは今度こそ表情に出して笑みを浮かべた。
「まあ、実際罪だったのかもしんねぇけど。」
食べてはいけないと言われていたものを、食べた。
それは事実に違いないのだから。
上手い具合にキッドの方へ背を向けた痩身は眠る体勢に入ったのか、それとも会話が面倒になったのか、それ以上続けようとしない。
最初から答えなど求めていなかったのだろう、独り言と処理してしまえばそれまでだ。

果実、ねえ。」

キッドがポツリと反復した。
「お前はどうなんだよ。」
今にも眠ってしまいそうな背中に声をかけると、男は自分で話を振ったにも関わらず面倒そうな声で答える。
「・・・おれが先に聞いたんだ。」
「いいじゃねぇか、答えろ。」
「命令すんな。」
掠れた声で拗ねたように言われても、凄みも何もあったものではない。
クツクツとキッドが笑いを噛み殺すと、余計に腹が立ったのか、男はシーツの波に丸まってゆく。やはり眠いのか、言い返す気は無いようだ。面白おかしく思いながらその様子を眺めていると、不意にキッドの脳裏に数時間前の出来事が過ぎる。



「―・・・やめとけよ。」



「お前は、絶対後悔する。」



そう言った細い背は、受諾も拒絶も、何もなく。



ただ、其処に"在る"だけだった。




キッドはぼんやりとシーツの山を見ながら、このまま眠らせるのも悪くないけれど話の歯切れが悪いなと思った。普段話の流れなど考えもしない自分が、だ。何よりもキッド自身が、この電波めいた会話を放置して眠ろうとは思わなくなっていた。
何故男がこのような話をし出すのか、それを理解してしまったから。
「教えてやろうか。」
呟くと、ピクリとシーツの山が反応をする。
返答に全く興味の無いふりをしておいて、その実聞きたくて堪らなかったのだろう。男に対して、考えが全く読めない奴だと思っていたキッドだが、その認識は変更の余地があるのかもしれない。
「聞きたいんだろ?」
「・・・聞いてやるよ。」
あくまで尊大な態度を保ちつつそっと顔を出す男にニィと笑ったキッドは、男が包まっているシーツを勢い良く剥ぎ取り、露わになった痩身の上へ覆い被さった。荒々しく肩をベッドに押さえつけ、仰向けにさせる。
「・・・っ、だよ、・・・もう、ヤらね…。」
キッドの急な変貌に嫌悪の表情を隠そうとしない男。
白い身体に散らばった赤の痕がキッドの目を楽しませる。力が出ないのか抵抗するのが面倒なのか、やらないと言っておきながら、男から言葉以上の拒否は無かった。
そんな様子の男を、キッドは鋭い獣のような目で見下ろした。



「罪かどうかなんて、知ったことじゃねぇな。」



氷の色をした双眸が、丸く見開かれた。



果実を喰うのが、罪?」



チロリと、舌の先端で浮き出た鎖骨を舐め上げる。



「・・・っ・・、は・・・。」



「それを作ったのはカミサマとやらだろ。」



隠したりしてねぇんだ、食わせたかったとしか思えねえぜ。
そう言ったキッドの舌は、そのままゆるりと喉を伝う。
男は快楽に耐えかねるようにギュッと目を瞑り、首を振る。



「んっ・・・・、も、やめ、」



「それに、食いたいモンを食って何が悪い。」



男の制止を聞こうとしないキッドは、尚も続ける。



「目の前に"在る"旨そうな
果実を眺めてるだけなんて、馬鹿馬鹿しい。」



「ぁ、っ・・ぁ・・!」



聞こえているのかいないのか。
男は細い声をあげ、敏感になっている身体を震わせている。



後世の人間(ほかのやつら)がどう思おうが、何が起ころうが後悔は無ぇ。」



「ユースタス、屋ぁ・・・っ・・!」












「 喰 わ せ ろ 。」













そう言って、キッドはトラファルガー・ローの首筋にガリリと歯を立てた。







滴り落ちるは、瑞々しい













fin.



********
欲しいものは力ずくでも手に入れる。
楽園の生物などではなく、海の賊だから。



091129 水方 葎