* CONTRAST *




















「あ、あれはトラファルガー・ロー…!!」
賞金稼ぎとして様々な島を渡り歩く俺は、偶然にもその男を見つけた。
手持ちの手配書を急いでバラバラと捲ると、示されている額は最近少し上がり1億を少し超えている。相手に不足はない、というより普段なら手出しも出来ない金額だ。何よりこんな額が付く大物、滅多にお目にかかれない。
以前苦労して仕留めた奴で5000万が上限のおれには、無謀すぎる額だ。




けれど、試してみたい。




そう思うのは賞金稼ぎの性か、単なる好奇心だったのか。




生憎トラファルガーは他にクルーを連れておらず、今ならとりあえず1対1に持ち込める。
なら勝率だってそう悪くはないだろう。卑怯と言われようと、結果がすべてのおれには色々な武器や道具も仕込んである。街自体を大物獲りの舞台にするなら、罠だって張る必要があるだろう。とにかく早急に準備をする必要がある。
高鳴る胸と賞金額に、血が滾るようだった。
そう、この感覚と首を取る瞬間の快感が忘れられなくて賞金稼ぎをやっているんだ。人を殺して飯が食えるなんて、おれにとってまさに天職と言うべき有難い職業だ!
おれは逸る気持ちを抑えて、胸ポケットに入れてあった小電々虫を手に取った。
「おい聞けよ、今この島にトラファルガー・ローが居る!」
『なんだと!?お前、手を出す気じゃねぇだろうな!実力考えろって!!』
「煩え!こんなチャンス滅多に無いんだよ!」
『やめとけ!奴の話をしてた同業が何人行方不明になったと思ってんだ!?死体すら上がってねぇんだぞ!?』
たまにタッグを組んで行動してるソイツの猛反対にも、おれは耳を貸さなかった。完全に興奮しきっているのは自覚している。
「僻んでんのか?まあ、もし生け捕りに出来たら海軍に突き出す前にちょっと位遊ばせてやってもイイぜ、はは、ははははは!!」
電々虫の向こうではまだ何か喚いていたが、ハイになっているおれは勢いよく通信を切り、懐へ仕舞う。さて、そうと決まったら行動を起こさねばならない。





そうして踵を返した、瞬間だった。







腹に、もの凄い衝撃と、至近距離で鈍く低い音が響いたのは。







「・・・!!」
ドゴ、という煉瓦が凹むような音と、あばらが一気に数本折れるような、色々なモノが入り混じってた音が耳に届く。喰らったものが蹴りなのだと理解するのに数秒を要したが、肺を押し潰されて声など出る筈もない。このまま背骨まで折れるんじゃないだろうかというほどの衝撃はおれを背後の壁にめり込ませ、瞬間的に意識を飛ばした。
けれどおれも身体を鍛えている賞金稼ぎ、こんな一撃で、やられる、訳には。
それに、何なんだこの男は。
誰なんだ!!?
内臓のほとんどを瞬殺されたのか、本能的に逃げを打つ身体は動きそうにない。かろうじてググ、と頭を上げると。
そこには、一人の優男が―







「ぐあああああっ!!!」
つま先で肩を勢いよく蹴られ、勢いで腕が妙な方向にねじ曲がる。腕が熱い、というより一気に千切り取られるような感覚に血の気が引いた。






「ねえ、アンタ今、船長見てた?」






腰を曲げておれに少し近づいたその男は、まだ幼く見えた。
けれどその目は確実に、人を殺し慣れている、目だ。
「ぐ、あ、あ、ああああ・・うう!」
グリグリと肩口をつま先で抉られ、おれは返事など出来るはずもない。
意識が飛びそうだ、肺は骨が刺さったのか潰れてひしゃげたか、短く息を繰り返すしか出来ない。




「聞いてる?船長見てたか、って聞いてンだけど。」




冷ややかな声に、体中から汗が噴き出る。
ヤバイヤバイヤバイと警告音が煩く鳴り響いているものの、体の一部分でさえ動きそうにないのだ。
そう、そういえば霞んだ目で見れば目の前の男が着ているツナギは。
おれの返り血が飛び散った、真っ白のツナギは。




「ハー、・・の、・・・か、かいぞ、」




絞り出した声はみっともなく震えていたけれど、今のおれにはそれが精一杯だった。
もう二度と声が出せるような気がしない。
おれは唐突に、おれの終わりを予感し始めた。
蹴られた時におれの手から滑り落ちたであろう賞金首の手配書集は、いつの間にか青年の手元へ移っている。逆光でよく分からないが無表情でそれを眺めていたと思ったら、ビリ、とおもむろに一枚だけを破り取り、束を無造作に後ろへ放り投げた。





「ねえ。これ。誰の手配書だと思ってんの?」







突きつけられたその写真が載った手配書は、



    さっきおれが本人と照らし合わせて確認していた、










北の海出身、ハートの海賊団船長。




    ―…トラファルガー・ロー










「なあ、オッサン。」
たった一発の蹴りだったのに、声を出そうにも、もうおれの肺からはひゅーひゅーと空気が漏れるような音しか出ない。口を開けば肉のような血の塊がゴボ、と溢れ出た。
そしてその事実に、おれは頭の片隅で命乞いすら出来ない事を悟った。
確かに弱肉強食のこの世界、いつ死んでもおかしくない事態には何度も出会ってきたし、覚悟だってしていた。





けれどけれど、けれど!




一体何なんだこの男は!!




たかが、手配書と本人を照らし合わせていただけで!!




まだ手出しすらしてねぇってのに!!!







この、船長に対する異常なほどの執着心と狂気を孕んだ目をした男は、




針の穴ほども無いガードの固さは、






一体何なんだ!!!?












グシャッ








投げ出したおれの、あしが、骨ごと、男のかかとで潰され―




























あとはもう、




身体の感覚もなく、




声も上げられず、




乾いて霞んだ目で、












おれ自身がミンチにされてゆくのを見ているしか、なかった。













血が飛び、肉が潰され、身体が冷えて、ゆく。
おれは結局何一つ抵抗できないまま、この男に嬲り殺されるのか、と意識が混濁しながら思った。
たった一度、本人と手配書を照らし合わせた、その行動が命取りだった、だなんて。数分前のおれが理解出来ようか。
飛散する血の赤とは対照的に、男の背に映る青がいっそ清々しい。
世界はこんなにも澄んでいるのに、ああ、此処は地獄のような血の池の吹き溜まりだ。
男はある程度気が済んだのか、ピタリと足を止めた。
おれ自身はといえば、まだ意識があることすら不思議だ。脳が傷付いていないからだろうか、それにしても終わりは近い。
なんて空だ、まるで海のように広い。
勢い任せに飛び出した故郷に戻る事は無かったな。
親はしがない商人ながら最期は大往生したけれど、まさかおれはこんなところで、
ああ、意識が、おれは今何を考えているのか分からない。




ちゅ、と軽い音がして、時間をかけてそっちへ視線を流す。
もう自分が壁を背にしているのか地面に転がっているのかすら分からなかったけれど、なんとか動いた視界の先に青年を捉えることができた。













その男は、手配書に、軽くキスをしていた。






夢見るように、神聖な儀式のように。











 ― 狂ってる… ―


























「ねえ。」

















          ( ハ ー ト )
 お ま え の し ん ぞ う 、 お れ が つ ぶ す よ 。























振り上げられた足。





白のツナギに染まる赤。







そして、


















fin.





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アレな感じの話が続いてすいません、キレたキャスが大好きなんですorz
『モノゼロ。』のアオトさんからブログで頂いた絵に便乗して、その日メッセをしながら速攻で書き上げたブツ(笑)
サイトへ掲載つか転載?許可貰っちゃったから、組み込ませて頂いた!(平伏)
過剰防衛なんて言葉、キャスは知りません(^=^)<船長のためなら正当防衛に変わるのさ!
ローの手配書を持ってるだけで、排除すべきモノと見なす心の狭さ(笑)

でも理不尽なんて世界にはゴロゴロしてるから仕方ない。これも男の運だった、って事で。
以下メッセ中に付け加えた小ネタ↓
男を潰した後、ほったらかしにされている現場を通りかかったペンギン
ペンギン「・・・またアイツか。」
肉片一つ残らずザッと処理(←慣れてる)
船に戻ってキャスに小言を言うペンギンに、首を傾げるロー
ロー「(? アイツまた何かやらかしたのか?)」
ペンギン「きちんと後始末はしておかないと駄目だろう。ログが溜まらない内に海軍といざこざになったら面倒だ。」
キャス「あー、す、すいません・・・!」
ロー「何だ、また部屋汚ねーの?」
ペンギン「・・・・・・ああ。」
キャス「いやー、洗濯物出すの忘れてて…。はは、」
みたいな?船内じゃハートフルでキャッキャしてるけど、裏じゃドッロドロだというこのギャップ。
ハートのクルーはローに前だけを見ててほしいんだよ!
「汚いものは、すべておれ達が消してみせるから。だから貴方は、前だけを向いていて。」

・・・と!

水方の駄文じゃ素敵雰囲気は出せないけど!(強制的)コラボ、楽しかったです^^
こんなキャスに殺されるなら本望だなあ・・・!





090627 水方 葎