|
* たまにはそんな日も * 海賊が団員を増やす方法というのは、様々だ。 行き付いた街で自ら志願してくる者。 他の海賊を力で捻じ伏せ傘下に加える者。 まるで人攫いのように連れてくる者。 スカウトする者。 今回は、トラファルガー・ロー率いるハートの海賊団に志願してきた者の話である。 新しい島に無事辿り着き、安堵の表情がクルーに浮かぶ。3日間の停泊を宣言した船長は島に降り立つ準備の為、自室へと戻っていった。そしてコックは食材探しに、戦闘員は武器調達や修理に、航海士は情報を得る為本屋に、自分の時間を作りながら上手く役割分担を果たそうと街へ繰り出して行った。見張り組になっている数人は、船に残り警戒を怠らない。 そうしてバラバラに散り、閑散としてゆく船に近付く男が2人。 丸腰だが屈強な肉体と、焼けた肌。一見、街の漁師の風貌だがその目はギラギラとしており、人殺しを経験しているものである。特に殺意は感じられないが、何か用事があるらしい男達へ見張りの一人が声を掛けた。 「何か用かい、オニーサン方?」 船の上からの声に、二人は気付いたらしい。 甲板へ視線を上げ、右に立っていた茶髪の男が声を張り上げた。 「頼む!!俺達を連れて行ってくれ!!!」 何だどうしたと他の見張りが集まる中、男の太い声は辺りに響く。 「・・・・・。」 いきなりの内容、そして大きすぎる声。 思わず耳を塞ぎたくなる程だが、威勢が良いと言えばそうなるだろう。 甲板の上では無言のまま、数人が目配せをする。 志願する者にはまず警戒が必要だ。どんな目的を腹に抱えているか分からないので、不用意に対応するのは危険すぎる。たいてい目や挙動を見れば分かるが、やり手の者はあらゆる隙をついてくる。 どうするかな、と見張りの男は考えた。こういった場合船長を呼ぶのが定石だが、その前に許可を取らねばならない人物―つまりは副船長が船に残っているかどうか。 「どうした、モジャ。」 背後で目的の人物の声が聞こえた。 モジャと呼ばれた男はゆっくりと振り返る。 「だぁら、モジャじゃねぇって。」 「船長がそう呼ぶんだ。おれもそう呼ばない訳にはいかないだろう。」 「理屈オカシーぞ、オイ。」 軽い調子のこの男も、下に居る男同様に以前入船希望をした内の一人だ。その時帽子にふさふさとした飾り羽毛が付いていた事からローに『モジャ』と呼ばれ始め、その名は身内で定着しつつある。最近では生真面目な副船長にすらそう呼ばれ始め、呼び名について諦めざるを得なかった。 溜息を吐きながらおれの事はどうでもイイんだよ、と話題を元に戻す。 「アイツ。どーすんだ?」 「・・・・そうだな。船長を呼んでくる。おれはいつも通り準備をしておくから、下で待たせておけ。」 「りょーかい。」 さあどうなるかな、と呟いてモジャは陸へと飛び降りた。 「お願いだ!俺達を乗せてくれ!」 「何でもする!」 先程叫んだ茶髪の男と隣に立つ黒髪短髪の男は、ローの降りてくる姿を見るなり騒ぎ立てる。煩ぇ、と顔を顰めたローは上陸準備を邪魔された苛々をそのままに、男達を一瞥した。 体だけは丈夫らしい。茶髪の男は単にゴツいというだけでなく、しっかり引き締まった筋肉をつけている。海賊団に入船希望をするだけあって、軽い顔つきの割に鍛えているのかもしれない。対する黒髪の男は無精髭を生やし、いかにも体力馬鹿ですという雰囲気だ。こちらは着ているシャツが悲鳴を上げそうな程の筋肉をつけているが、有効活用出来ているのか怪しいところだ。 「・・・・ふぅん。」 鍛えようによってはそれなりの戦力にはなりそうだ。 とりあえず「いつもの」ように、質問を重ねてみる。 要約すると、こういう事らしい。 二人は歳は違えど幼馴染であり、以前は別の海賊団のクルーだったらしい。けれど船が船長を失い解散し、賞金稼ぎになり、また海賊団に入り・・・その繰り返しでこのグランドラインを進んでいる。このまま不安定な生活を続ける訳にはいかず、かといって街と共に生きていきたくはない。誰か生涯の主を見つけたい、そういう事だった。 「手配書を見た時、この人だって思ったんだ!」 「新聞で記事を賑わしてる度に、会ってみたかった!」 二人がそう言ってローに詰め寄ろうとするが、他のクルーがそれを許さない。 まだ、不審な部分が無くなった訳ではないのだ。入船希望者の皮を被った賞金稼ぎや、その他ローの命を狙うものかもしれない。 「・・・話は分かった。考えといてやるから今日は帰れ。」 「そんな!」 ローの切り捨てるような言葉に茶髪の男が目を見開く。 「考えといてやるっつってんだろ。明日また来い。」 入船が決まったら名前は聞いてやる、そう言って、ローは身を翻した。 クルーはその背を守るように目の前に立ちふさがり、男達は引き返す事を余儀なくされた。 「是非、お願いします!」 「明日また来ます!」 二人の低音を背に受けながら、ローは後ろへヒラリと手を振った。 コツコツと足音を鳴らしながら甲板へ上がると、丁度船内からペンギンが出てきたところだった。 その後ろにはキャスケットも続いている。 「後は頼んだぜ。」 「了解、船長。」 二人の姿はいつものツナギではなく、普段着だ。 上陸時、何処に居ても分かるようにハートの海賊団はツナギの着用を唯一義務付けているが、例外はある。それは大抵が騒ぎを避けるためのものだが、今回ペンギンとキャスケットは別の用事で私服を着ていた。 「お前も行くのか?」 黒いシャツに蒼いネクタイ、黒のパンツで固めているペンギンの隣に立つのはラフなパーカーを着たキャスケット。いつものサングラスはかけておらず、明るい茶色の瞳はそのまま曝け出している。 「へへ、ペンさんに頼んじゃいました。」 「勉強になると思ってな。」 キャスケットの言葉に、ペンギンが付け加える。 「お前、行くの初めてだったか?」 「あ、はい。ていうかついこの前までペンさんが行ってるなんて知りませんでしたよ。」 「ふーん。」 それきり興味を無くしたローは、まぁ適当に行ってこいと告げ、船室へ戻っていった。 きっと邪魔された上陸準備の続きをするのだろう。降りる際の護衛にはベポが残っているので、ペンギンとキャスケットが居なくても支障はないはずだ。 「よし、行くぞ。」 「はい!」 そうして二人は陸へと足を進めた。 先程の男達を追う為に。 「あまり不審な行動はするなよ。あと、周りに溶け込む事。急なことがあっても慌てるな。」 「はい。」 とても大雑把に尾行の注意点を受け取り、ペンギンとキャスケットは大通りを歩く。 少し前には自己紹介すらさせて貰えず、しかし明日来いと半端に期待を持たせられた二人組。あれから二人は別々になる事無く、街を徘徊していた。今現在、この街で特に職を持っている訳ではないらしい。 「・・・。」 「・・・。」 「…何か喋れ。おれ一人なら兎も角、男二人で黙ったまま歩いているのも妙だろう。」 「え、あっと、そうですね。」 沈黙を破ったのはペンギンだったが、急に話題を振られて返答に窮するキャスケット。 「えーっと・・・。いい天気ですよ、ね。」 「そうだな。」 「・・・。」 「・・・。」 振った話題が悪ければ、答えた相手の性格も悪かった。 普段船上で会話が詰まる事は無いが、キャスケットは初の尾行ということで辺りを警戒しすぎている。きっと他の事を考えるのが難しくなっているのだろう。そんなに緊張してやるものではないんだが、と小さく溜息をついたペンギンは一つの露店に目を向けた。 「キャスケット。あれを買ってやろうか。」 「えっ?」 標的に視線が釘付けになっていたキャスケットは、ペンギンの言葉に急いで振り返る。 ペンギンの指差す先には、色とりどりの林檎飴。いかにも子供が喜びそうな、着色料をふんだんに使っているそれは、甘い匂いを二人の傍まで運んできていた。流石に、祭りでもないのにあの飴を手にする勇気はない。 「要りませんよ!いきなり何ですか!」 「会話をだな、」 「もっと他のでお願いします!」 いきり立つキャスケットは、そう言った後にふと立ち止まり思考を巡らせる。 この街は他の立ち寄った島に比べて小さいものの、とても活気が良い。立ち並ぶ商店街には特に食品が多く、珍しいものや面白いものが所狭しと並んでいるのだ。店先で焼く肉の匂い、甘酸っぱい果物の香り、通り過ぎた港には大きな魚介類。もう少し奥には菓子類や特産品もあるだろう。武器屋や本屋はあまり見かけないが、この街は食に関心の薄いローには良い刺激になるかもしれないと考える。 「そうだ、船長に何かお土産買って行きましょうか。食べ物。」 果物が良いだろう、でも肉も食べて欲しいとワクワクしながら辺りの物を見回していると、ペンギンから肯定と共に注意を受ける。 「それも良いが、本分を忘れるなよ。」 「あああ!そうだった!!」 ハッと顔を上げ、追わなければならない男達は何処へ行ったのかと視線を彷徨わせるキャスケット。そう遠くない場所で二人の姿を確認してほっと胸を撫で下ろすキャスケットに、退屈はしないが尾行には全く向いていないな、とペンギンは苦笑を漏らした。 こういう行動が限られた街では、数時間も尾行すれば大体の人間性は見えてくる。 そして今回の入船希望者の男達はというと、肩が当たっただけで喧嘩を吹っかけたり(勝ってはいたようだ)、店先で無理に値切ったり、道にはみ出た樽を蹴飛ばしたりして、お世辞にも素行が良いとは言えなかった。確かに海賊家業、荒くれものが集まっているところも少なくは無い。喧嘩っ早いのもある種ステータスになるだろうし、威勢がいいのは元気過ぎる証拠だ。 けれど傍から見ても行き過ぎた男達の行為は、ハートの海賊団に必要の無いものだった。 「ああいう人種、居ますよね。」 思案するペンギンの横で、キャスケットがぽつりと呟いた。 キャスケット自身、賞金稼ぎや他の海賊団に従属していた時期があるものの、今の男達のような振る舞いはしていない。海賊云々よりも根本的なところで違いがあるのだろう。 「普段の生活で人間性が出るというものだ。」 見ると、茶髪の男は通りすがりの猫を蹴飛ばして笑っている。地元の者達は慣れているのか、見て見ぬふりをしその場を通り過ぎていた。こういう人間に関わると面倒事になる、それはこの世界の定説だ。 チッ、とキャスケットは舌打ちをする。 船内でも動物好きを自負するキャスケットに嫌なモノを見せてしまった、とペンギンは思う。掴みかかる心配はないものの、苛々と拳に力を入れている様子に早く終わらせた方が良さそうだと結論付ける。ペンギンとしてもこの尾行を長々と続けていたくはなかった。 「酒場に入るみたいだ。接触するぞ、キャスケット。」 「えっ?」 日が傾きかけた時間帯、きっと晩飯にするのだろう。街で一番大きいらしい店のドアを乱暴にくぐる二人組の後を追うべく、ペンギンは歩き出した。その後ろではキャスケットがうろたえている。 「え、え。話しかけるんすか?」 「ああ。」 「どうやって?」 「・・・・・おれはお前の職場の先輩。それでいいだろう。」 要領を得ない、微妙にズレのあるペンギンの答えにキャスケットは質問を諦めた。設定じゃなくて内容とか打ち合わせとかを聞きたかったんだけどな、と心の中で呟いてみるが、勿論相手には届かない。それに、職場の先輩という設定も設定になっていない。今だって先輩と後輩の関係に違いないのだから。 「行くぞ。」 「わ、分かりました・・・。」 もし何か不測の事態が起きても、この人に合わせれば間違いないだろう。そう思い、キャスケットはペンギンに続いてサビかけのドアをくぐった。 すると突然、ガシャンと割れた音いくつかが店内に響く。と同時に煩雑としていた店内は打って変わって静まり返り、あるテーブルを避けるように人波に円が出来てゆく。揉め事だろうか。 「退けよジーさん!!此処は最近おれ達が座ってるんだよ!」 「誰に断って座ってんだ?あぁ!?」 驚いて肩を竦めていたキャスケットは、この数時間で聞きなれた声に反応した。少し先に入ったペンギンは呆れた様子で男達をを眺めている。どうやら店内は満席のようで、それに怒った例の二人が老人が座るテーブルを蹴飛ばしたらしい。何処の島に行ってもこういう騒動は絶えず、しかし老人相手に暴力を振るうその姿は小物以外の何物でもない。 「・・・止めます?」 「いや。」 短いやりとりだったが、キャスケットにはそれで十分伝わった。 入船許可の結果など見えているものの、ここで手を出してしまっては今まで尾行してきた意味がない。それに、揉め事が起きているテーブルは店員の計らいによって収拾がつきそうだ。老人には店から金が払われ、男達には控えめ過ぎる注意。下手に首を突っ込む方が面倒になる。 そうして老人が少しよろけながら店を出て行くのを見送り、ペンギンは改めて店内を見回した。 何処にでもあるような酒場である。正方形に広がっている店内は丸テーブルと椅子が乱雑に配置され、カウンターで店員が所狭しと動き回っている。満席なのは先ほども窺えたが、立ち飲みをしている客も少なくは無い。要は、飲めればいいのだろう。静まり返っていた店内はすぐに活気を取り戻し、何事も無かったかのようなざわめきが広がっている。 あの二人の男もそうらしく、まるで初めから自分達が席についていたように店員へ注文し、大口開けて笑っていた。 「・・・・さて。キャスケット、強めの酒を4つ頼んで来い。」 「へ?4つ、ですか?」 「先に行ってる。」 キャスケットの疑問には答えず、ペンギンは人波を縫うように男達へと近付いて行った。先に接触を図るらしい。 奢るつもりなのだろうと検討をつけたキャスケットは、ペンギンとは反対方向のカウンターへと歩いていった。 「失礼。ちょっといいか?」 「ああ?」 人の声で溢れている店内だが、小さくてもペンギンの声はよく通る。かけられた声に振り返った二人は、丁度店員から酒を受け取ったところだった。不審な目で睨みつけられるが、そんな事で臆するようなペンギンではない。 「何の用だ、テメェ。」 地を這うような声を出し、今にも掴みかかろうとする黒髪の男。 名前を聞く必要の無い、男。 「この街で商店を営んでる者だが、さっき港でアンタ達が海賊団に入りたいと言ってるのを見かけてな。」 「で?どうしよってンだ。遠く離れた海軍にでも突き出すってぇのか!?」 やれるもんならやってみろ、と酒を煽りながら笑う茶髪の男はどうやら機嫌が良いらしい。 そりゃあれだけ好き勝手やってたら機嫌も良いだろうな、と思いながらペンギンは営業用の笑みを浮かべた。 「いや、そんな無駄な事はしないさ。うちの従業員が海賊に憧れているらしい。ちょっと話をして欲しいんだ。」 「話ィ?」 「ああ。何でも良い。その逞しい体で色々な場所に行った事があるのだろう?」 「まぁな。」 惜しげもなく晒されている筋肉に目を向けて言えば、満更でもなさそうな顔をする二人組。こういう輩は褒めて浮かせるのが一番らしい。ペンギンは続ける。 「現役の海賊の人の話を聞くのも勉強になるだろうからな。勿論、この場は奢らせて貰う。」 「へぇ。中々良い頭してんじゃねぇか。」 奢り、の部分に反応した黒髪の男が、ガシガシと頭を掻きながらしょうがねぇなと笑った。茶髪の方の男も快諾する。 いつもの仏頂面は何処へやら、ペンギンが有難うと言って微笑んだ。 目の前の優男が腹の中で「準備が整った」と思っているとは露ほどにも思わない二人は、煽てられ益々上機嫌になりグイグイと酒を煽っている。酒のペースは早いらしい。 「で?どいつだ?アンタの従業員ってのは。」 手の甲で口を拭い、茶髪の男が問う。 「今こっちに来てる、あの男だ。」 大ジョッキを4つ抱えている故に少し危ない足取りで、キャスケットが近付いてきていた。命令通り、アルコールのキツいものを大ジョッキで頼んできたらしいキャスケットにペンギンは満足する。 「遅くなりましたー!」 ドン、と音を重ねてテーブルの上にジョッキを置く。これだけの距離で汗を掻いてしまうほど店内は人で溢れていたし、ジョッキの重さも半端ではない。 「こりゃ上等だなぁ。」 「遠慮せず飲んでくれ。こいつの奢りだ。」 そう言ってキャスケットの肩を叩くペンギンと、普段の彼らしからぬラフな動作に思わず驚くキャスケット。どんな会話の運びで現在の状況になっているのか検討が付かず、えっと、と言い詰まる。しかし男達はそんなキャスケットの様子を気にせず、貰ってやるよと言わんばかりの態度でジョッキに手を出した。 「ほら。海賊がどんなものか聞きたいんだろう?」 「(何ですかそれ!!?)」 二重に驚き、勢いよくペンギンを振り返るが三重に驚く事となるキャスケット。そう、普段見ることのない笑顔が先程から張り付いたままなのだ。知っている人間からすれば作り笑顔だと分かるが、初対面では嘘に飲まれてしまうだろう。恐ろしくなったキャスケットは慌てて視線を彷徨わせた。 「兄ちゃん、海賊に憧れてンだって!?」 ゴクゴクと喉を鳴らしていた黒髪の男が、ジョッキを下げてキャスケットを見た。 「え、ええと、はい・・。」 まさかここで『今現在海賊やっててハートの海賊団の船長の護衛してます』なんて言えやしない。不測の事態が起こったらまずは合わせる事が先決だ、と先程己に言い聞かせた取り決めを守るべくキャスケットは曖昧に返事をした。 その様子を弱々しい青年だと捉えたのか、茶髪の男はゲラゲラと笑いながら手を振った。 「テメェじゃ無理だぜきっと!!海賊てぇのはな、体力勝負なんだ!!」 「そうそう、アンタみたいに細っこいと何の役にも立ちゃしねぇぞ!」 馬鹿にするように笑う二人だが、不思議とキャスケットに怒りは湧かなかった。はぁ、そうですかと生返事をし、自分に割り当てられた酒を一口飲む。 傍らではペンギンが「筋肉だけの奴も役に立ちそうにないがな」と思いながら店員につまみを注文している。 「第一お前、何か武器使えンのかぁ?」 「あー…と、武器というか、体術を少し…。」 その答えに、またもや笑いが起きる。 今ここで戦ってやろうか、いや待て殺しちまうぜきっと、などと言い交わしている二人を眺めながら、キャスケットは溜息を吐く。無難に剣とか言っておいた方がマシだったかもしれない。どうせ金輪際縁のない人達なのだから。 「まあ、まだ海に出るのは先のことだ。身体はそれまでにシッカリと鍛えておくとして、心構えでも聞いたらどうだ?」 話が脱線しそうになるのを、ペンギンが軌道修正する。 シッカリと、の部分に力が込められているのは気のせいだろうか。もしかしたら昨日の組み手で、ガードが間に合わず鳩尾を取らせてしまったのを言っているのかもしれないと、キャスケットは冷や汗をかいた。 「心構えったって・・・」 「まあ、いつ死んでもいいようにしとけば良いんじゃねぇの?」 「はっはっは!!」 強めの酒だ、勢いよく飲んでいるので酔いが回っているのだろう。店員が持ってくるツマミに目もくれない男達はただ酒を煽る手を止めようとしなかった。 「・・・それは、違うと思う。」 そんな中、キャスケットがぽつりと口を開いた。 「海賊って、いつ死んでもいいように心構えしとくものじゃない…。確かに危険は多いけど、クルーは船長を守るために生きるべきなんだ。」 「・・・あぁ?」 「簡単に、死ぬ覚悟なんて持つものじゃない。」 「・・・。」 「生き抜く覚悟が、必要なんだ。船長の為に。そして船長を愛する自分の為に。」 そう、言い切るキャスケットの声は凛としていた。 それを聞いてペンギンが満足そうに本物の笑みを零すが、男達には勿論見えていない。それどころか自分より弱いと判断している、しかも海賊ではない(と思っている)軟弱そうな青年に説教をされたとあっては、神経を逆撫でされるばかりだ。 「テメェ、偉そうな事ぬかしてんじゃねぇ!!」 黒髪の男が勢い良くテーブルにジョッキを叩きつける。いつの間にか3杯目のそれはもう底が見えているので辺りに被害が出ることはなかったものの、今にも乱闘を起こしそうな雰囲気にペンギンが口を開いた。 「コイツはいつか大物の船長についていく事が夢なんだ。許してやってくれないか。」 言いながら4杯目の酒を手渡すと、ふん、と鼻息荒くそれを奪う。 キャスケットは放った言葉に自分自身驚くが、怯んだり慌てたりせず珍しく憮然とした態度で酒を煽っていた。 「そういえばアンタ達が乗る船はどんな船なんだ?ハートの海賊団といえば色々噂は聞いてるが・・・。」 この話題を機に、いけしゃあしゃあとペンギンが問う。 そう、今回の接触した目的はこれなのだ。本人達と話をして裏を探る。馬鹿正直に命を狙っていると言う者はそうそう居ないが、皆無ではない。船には乗せられないという結論は出ているものの、逆恨みでも買うと面倒だ。こういった質問をしておいて損は無い。 「ああ、その話か。」 「まだ正式に入船してねぇけどよ。明日になったら船長直々に許可が下りるんだぜ!」 そういう妄想を聞きたいんじゃない、とペンギンは心の中で毒を吐きながら、手元の酒を喉に流した。 「その海賊団に入らなきゃいけない理由でもあったのか?ほら、コイツの夢みたいに船長に命を預けたいだとか。」 言いながら、まだ機嫌の直らないキャスケットの頭を帽子ごと撫でる。 すると男達はペンギンの質問に顔を見合わせた。質問が露骨過ぎたかと危惧するが、どうやらそうではないらしい。互いを小突きながらお前が話せよ、などとふざけ合っている。 何やら理由がありそうだと踏んだペンギンは、もう2杯追加で酒を注文した。 「お、すまねぇな。」 「いや。それで?」 言いたいのは山々だが言い出しにくい、そんな雰囲気の二人を促すと、途端締まりの無い顔で笑みを浮かべた。 「まぁ、船長に惚れ込んでるって言えばそうなるんじゃねぇの?」 「ほう。」 黒髪の男の言葉にペンギンは少しだけ目を細め、キャスケットもピクリと反応する。 「この事は黙っててくれよ、お二人さん。実はおれたちよぉ、あの船長に手ぇ出してみてぇんだ。」 「・・・。」 「・・・・・・・な・・・。」 ペンギンは変わらず笑みを浮かべているが、キャスケットはそうもいかないらしい。目をまん丸に見開いて二人を凝視している。クルーが目の前に居るとは思っていない男達は、驚いて声が出ないものだと解釈して勝手に続きを話してゆく。 「前に居た海賊団の女船長もクルー全員でマワしてやったんだ。ムラムラしてんのは皆一緒、てな!結果腹ボテになって船は解散、マジ傑作だぜ!!」 「それから色んな船に乗っては船長に手を出して孕ませてきたけど、ちょうどあの船の船長の手配書見ちまってな!この際男でも構わねぇか、って話になっちまって!」 「オイ、あの船長が色っぽいとか言い出したのテメェじゃねぇか!」 「お前だって病弱そうなのがソソるっつってただろ!」 どうも話し出したら止まらないらしい。 ペンギンとキャスケットは男達の話に、体の中の何かが急速に冷えてゆくのを感じていた。 「船長に手を出すってのが結構病みつきになるもんでよぉ、特に明日入るトコの船長なんていかにも男慣れしてそうなツラなんだぜ!今日見た時もありゃ誘ってんじゃねぇかと思った位だ!」 「手配書見たことあるか?あんな細い体だ、ちょっと船に慣れてきたところで油断させて倉庫にでも連れ込んじまえば後はヤりたい放題だぜ!能力者らしいから海楼石の手錠でもしときゃ問題無ぇ!」 ガハハハハと笑って酒の杯を重ねる男達の顔は赤らみ、ペンギンとキャスケットの不穏な空気にも気がついていない。 勢いに乗った二人は想像して興奮しているのか、口を開くのをやめようとしなかった。 「足広げてよぉ、おれのモンぶち込んでやるんだ。根元締めてイカせなきゃ、その内涎垂らして強請ってくるんだぜ!ああいう人間が壊れる瞬間てのが最高に興奮すんだよ!男ってのはガンガン突いて精子が無くなりゃ女みたいに痙攣してイクからな、早く見てぇぜ!」 「ハハハハハ!本当だ!あのツラにおれのモンをぶっかけて飲ませて、腹ん中まで精子まみれにしてやらぁ!」 「オイオイ、男は妊娠しねぇぜ?ハハハ!」 「おれのモンで栓でもしときゃ見た目腹ボテにはなんだろ!抜かずに何発出来るか試してやろうかぁ。」 「そりゃイイなぁ!あんなほそっこい船長だ、ちょっとは太らせてやらねぇと。淫乱そうな顔してっから、すぐにタガ外して泣きながらおねだりしてくるぜ!もっともっと、ってな!」 「手配書見た時からあの目にゾクゾクきててよ、いつかおれのモンで啼かせてやりたいと思ってたらまさかこんなトコで会えるなんて思わなかったぜ!これで明日あの船に乗ったらおれたちは…」 「強烈な媚薬いくつも買ってあるからな、そのままチンポ狂いの廃人になっちまえばイイんじゃねぇの?おれたちのモノから嫌でも離れられなくしてやるよ!ギャハハハ!」 「そうだ、ヨがり狂って廃人になったらそのまま海軍に突き出しちまうか?」 「いやシャボンディ諸島のオークションに出した方が良いぜ、能力者は時価だが5億超える場合があるってよ!」 「本当か!?んでオークションでもセックス用に買われるってか!ヒサンだなぁオイ!!」 これからのローを使った快楽で頭がいっぱいになっている二人の男は、顔を合わせて大声で笑う。 周りの客もその異様な盛り上がり方に視線を向けるが、酔いが回っている挙句、話に華を咲かせているので気付いていないだろう。尤も気付いていたとしても話をやめそうにない雰囲気だ。 「もし海軍に出すんだったら死んでても良いんだろ?じゃあヤり殺すってのもアリなんじゃねぇの?」 「それもいいな、あの顔が泣き叫びながらどういうイキ顔見せて死んでくのか、さぞ見もの―…」 ドガッ バキッ 鈍い、だがしかし高らかな音が響き、茶髪の男の言葉は最後まで聞くことは無かった。 何故なら、茶髪の男にはペンギンの右拳が、黒髪の男にはキャスケットのハイキックが、それぞれ顔にめり込んでいたからである。 鈍く大きな音に今度こそ店内は静まり返り、悲鳴すら上げることが出来ないまま男達の体が倒れて床板に叩きつけられる音が響いた。途端にあちこちから悲鳴が上がる。何せ二人の男の顔面はそれぞれ拳と足の形で不自然に顔が歪んでいるのだ。ピクリともしない体は息があるのかどうかも怪しく、あったとしても顔の機能はほぼ潰れている事だろう。 騒然となる店内に、ペンギンは男達を一瞥して言い放った。 「不合格。」 既に暗くなっている街の大通りを、街灯の明かりのままに進む二人。 店を出てから、会話は無い。 金をある程度置いてきたが、『ハートの海賊団クルーが入船希望者を殺した』という噂はすぐに広がるだろう。街で一番大きな店ならば情報収集とばかりに客の話だけを聞いている連中も少なくない。話だけならば街の商人ということで隠し通せるが、一撃での殺しを堂々と見せ付けては言い訳がきかないだろう。ハートの海賊団船長を陵辱する話の途中とくれば、クルーという事は決定的だ。 「・・・・。」 「・・・・・。」 昼間とは違い夜の街に活気などある筈も無い。かろうじて人の行き交いはあるが余所余所しい静けさの中、二人は船に向かって黙々と歩いていた。 すると細い路地から小さくニャァと鳴き声が聞こえて、キャスケットは反射的にそちらへと注意を向けた。 「・・・あ。」 思わず、足を止める。 それは昼間男達が蹴飛ばしていた猫だった。 内臓をやられていやしないか心配になったキャスケットはそっと近付いて、人馴れしているのであろう白い猫を抱き上げた。それに合わせてだらんと体を伸ばすのを、大きく身を捩って回避しようとしている。 「・・・骨が、折れているかもしれないな。」 傍まで来ていたペンギンがぽつりと呟いた。 「・・・・。」 痛がるのだから無理をさせてはいけないと、腕の中で楽になれる体勢をつくってやる。その場に響くほど猫の呼吸は短く、辛そうだった。明らかに腹の何処かを悪くしている。 どうしよう、とキャスケットが思案したその時、路地に佇む二人へ声がかかった。 「お前ら、何こんな時間に猫と戯れてんだ?」 調査は終わったか?と港の方向から近付いてくるその姿はまぎれもなく二人の船長だ。 「・・・・・せん、ちょう。」 姿を見ただけで今日一日の出来事が走馬灯のように駆け巡り、キャスケットの声は潤んでいる。怒りに身を任せて蹴り殺した事は勿論後悔していなかった。今回だけでなく、交戦すれば人を殺すことなんて多々あるのだから。 けれども姿を見る安心感というのは計り知れない。 それはペンギンも同じで、店を出てからずっと硬くしていた表情を和らげている。 「なんだその情けない声は。・・ペンギン、報告。」 「不合格。殺した。」 「よしじゃあ戻るぞ。」 一言だけで根掘り葉掘り聞こうとしないローは、声をかけて踵を返した。今までもこうしてペンギンが入船希望者を見極めていたのだ、報告は慣れたものなのだろう。 そうして船へ戻ってゆく背中と腕の中の猫を見比べ、キャスケットは口を開く事も出来ずに困り果てる。ペンギンは少し先で立ち止まり、キャスケットの方へ視線を向けていた。どうすべきか訊ねようとした時、足を止めずに進むローの声が聞こえた。 「キャスケット。そいつ腹の骨が折れてるし、多分内臓を痛めてる。治したいなら連れて来い。」 「は、・・・はい!」 表情を明るくしたキャスケットが、思わず駆け出した。 「・・・慎重に運べ、キャスケット。」 ペンギンが苦笑しながら注意を促す。 それはいつもの、海賊らしからぬハートの海賊団の姿だった。 「船長に土産を買えなかったな。」 まだ宵の口だが、店は殆ど閉まっている。通りの閑散とした様子と、思い出したかのようなペンギンの言葉にキャスケットが項垂れた。 「そういえば・・・。まあ、明日皆で見て回りましょうよ。」 「夕方少し回ってみたけど食い物多いんだな、この街。ベポがはしゃいでたぜ。」 アレもコレも欲しいと目を輝かすベポに、生ものは出航の日にしておけと宥めるのは大変だったとローが言う。菓子類や特産品ではなく生ものを欲しがるのは流石ベポといったところか。 「ここなら船長も雰囲気に飲まれて何か食べてくれるかもしれないって思ったんですよ。」 馬鹿正直に話すキャスケットに、そんな事だろうと思った、とローは小さく眉を寄せる。 「明日おれは猫の主治医として傍に居てやらなきゃなんねぇ。お前らだけで行って来い。」 「猫の世話はモジャに任せておけ、船長。」 「そういやアイツ見張りだっけか。」 ペンギンの提案に内心舌打ちをしながら、どうするかと思案を巡らせる。 「・・・仕方ねぇ。今日はお前らの自由時間潰しちまったからな。明日は皆で飯でも食いに行くか。」 船長の提案に、二人は喜んで承諾をした。 たまにはそんな日があっても、悪くないだろう。 fin. ******** ・モジャを試験的に出してみた(51巻500話、ローの右隣に座ってる幻の人(→後にオスロと命名) ・無言でキレるペン+キャス ・だがペンギンにとってはしょっちゅうある事 ・ローは知らない ・キャスは動物好き ・殺しは日常の中に組み込まれてる ・キャスケットの海賊について真剣な話 色々盛り込んだらこんな結果になりましたorz もっと殺伐とした空気が書きたかったのに…。 090531 水方 葎 |