* 穏やかな午睡 *






















例えるなら、まるでマシュマロ。




例えるなら、まるで猫。




例えるなら、まるで。






まるで恋人のよう。












"赤旗"X・ドレーク率いる海賊団の船は今、シャボンディ諸島のとあるGRに停泊している。
いくら無法地帯のGRであるとはいえ、聖地に近いこの場所での揉め事は避けて通りたい。だからなるべく見つけ辛い場所に停泊していたつもりなのだが、同業者の勘か偶然か、一番厄介な人物に見付かってしまっている。
そしてその人物は今、船長であるドレークの肩に凭れて眠っていた。



「・・・・。」



わざとらしくガサリと音を立てて新聞の頁を捲る。
しかし熟睡しているらしく、ドレークに凭れかかる男―…トラファルガー・ローは起きる気配を見せない。
何故こうなってしまったのかとドレークは密かに溜息を吐いた。








「ドレーク屋・・・。お前、何人殺した?」





始まりは、掛けられた声。
いきなり心臓に触れられたような感覚に陥ったその台詞は、未だ耳から離れない。
それからというものの、船のコーティングをしている間にしょっちゅう街で出くわした。同じように船のコーティングをすべく島に集結している他のルーキー達を見かける事はあったが、トラファルガーほどの頻繁さは無かった。意図していたのか、はたまた偶然かは本人のみが知るところだろう。直接訊ねても得意の笑みで上手くすり抜けてしまうだろうと予想できるほどに出会う回数を重ねていた。
「今から飯か?12番GRにある南の店が旨いぜ。」だの、
「この諸島特産の酒はあんまりオススメしねぇ。」だの、
「数日後に1番GRでオークションがあるらしいぜ。・・・行ってみれば?"元"海軍将校様。」だの。
立ち話をしている訳じゃない、擦れ違いさまにトラファルガーが独り言ともとれるような声をかけてくるだけだ。
煽るような言葉も、世間話も、内容は様々だった。
唯一つ共通しているのはドレークに何も言わせないまま立ち去ってしまうということ。
それがやられっ放しになっているような気がして面白くないドレークは何とかトラファルガーとの会話を成立させてやろうと、本日。



立ち去ろうとするトラファルガーの腕を掴んだ。



その腕は驚くほど細く。



驚くほど温かさが無かった。








「(一体何をやっているんだ・・・。)」
まるで自分らしくない、と自己嫌悪に陥る。
私室の窓は柔らかな午後の光を通し、二人の座るソファに降り注いでいる。換気のために少しだけ開けておいたのが幸いしたのか、ヤルキマン・マングローブ独特の緑葉の匂いが風と共に部屋へ訪れた。



ふわり、ふわりと動くレースのカーテンは眩しい程に白い。



そしてこの静かな、というよりも穏やかな時間は、存外心地良い。




それはまるで、マシュマロのよう。








「・・・何?」
腕を掴まれたトラファルガーは抵抗する事も無く、かといってドレークの方を向く事も無く。
ただ、疑問を口にした。
その声は、ドレークに声を掛け続けていたとは思えないほど冷たい。全然知らない人間にいきなり腕を掴まれたかのようなその対応にむっとしたドレークは、己の負けず嫌いな性分を自覚しながらその腕を力強く引いた。
「っ!?」
「船長!?」
「ドレーク船長!」
当然のようにトラファルガーの身体はガクリとバランスを失うが、これほどの事でこける男ではない。
しかしお互いが船長という事もあり、こうなると部下が黙っていない。
トラファルガーの部下は己の獲物に手を掛け、照準をドレークに。
ドレークの部下は、トラファルガーの部下に。
自分達の命が狙われていようとも照準を決してドレークから背けようとしないのは、余程愛されている証拠か。ドレークはトラファルガーの部下達をちらりと一瞥した後、小さく口を開いた。
「預かる。」
その瞬間、膨れ上がるように殺気立ちトリガーを引こうとした男が居たが、トラファルガーの一言で不発に終わる。
「ペンギン。」
「・・・、」
ペンギンと呼ばれた男は、他のクルー同様白いツナギを着ていたが、なるほどドレークから見ても只者ではない事が窺い知れる。何せ声を出す暇すら惜しいと言わんばかりに、引き金を引こうとする力量があるのだ。ドレークは簡単に銃弾をかわしてしまえる実力をもっているが、あの今でさえ目をギラつかせているペンギンと呼ばれた男が本気になったらどうだろう。少しばかり喰らっていたかもしれない、と考える。
「・・・この後の御予定は?"元"少将。」
「・・・・・・。」
「まぁ、いいぜ。」
面白そうだ、付き合ってやるよ。



この時点ではまだ、会話らしい会話などしていない。



けれど少しは此方に意識を向ける事に成功したのかと思った。



しかし掴んでいるにも関わらず、トラファルガーの腕は温まる気配が無い。








いつも通り新聞を広げても記事の内容は全く頭に入ってこない。
そればかりかドレークは、己に体重を預ける男の事ばかり考えていた。
何故自分はあんな突拍子も無い行動を、と思っても後の祭りで、今こうしてドレークの私室に二人きり。それも連れてきた肝心の相手は行儀悪くソファの上に片足を上げ、ずるりと力なくドレークに凭れている。
トラファルガーの体勢を崩さないように、ドレークは今度は音を立てずにそっと新聞を折り畳む。横に退けていた数枚の賞金首リストも、新聞に重ねた。きっとその数枚の中には、今シャボンディ諸島に居るルーキーの見慣れた顔も混じっているのだろう。
勿論、ドレーク自身も。
そして隣でぐっすりと眠るトラファルガーも。
常に被っているふかふかとした帽子はトラファルガーの手にしっかりと握られているため、締まりの無い寝顔は見放題だ。
ドレークと顔を会わせる時は常に纏っている、狂気ともいえそうな雰囲気は今此処に無い。そればかりか眼光鋭い瞳も閉じられ、うっすら残る目の下の隈や肌の白さ、そして身体の線の細さは頼りなく病的なものしか感じさせない。
本当にこれが一海賊団の船長か、と疑いたくなるが、残念ながら実力は海軍のお墨付きだ。
「トラファルガー。」
少し低めに、彼の名を呼ぶ。
そういえば当人に向かって名前を呼んだのは初めてかもしれない、とドレークは唇の端を上げた。
声に反応したのか、トラファルガーはドレークに体重を預けたまま小さくむずがって、口の中で何やら呟いた。それはドレークが聞き取れるレベルではなかったし、起きる気配は相変わらず皆無なので無意識のものだろう。
「んぅ・・・。
ペン、ギン…。まだ寝かせろ…。」
「・・・聞こえんぞ、トラファルガー。」
「・・・・・・・・。」
ドレークの肩でもぞもぞと心地良い体勢を探し、再度規則正しい寝息を立て始める。
人が気持ちよく眠る為にはそよ風程度の風力があった方が良いらしい。加えて気温も湿度も申し分なく、たしかにこの部屋は昼寝にもってこいの環境だ。だが、いくら半強制的に連れてこられたと言っても。いくら暇だったからと言っても、敵船の中で寝てしまうものだろうか。



しかし安心しきったように眠るその男を見て、決して嫌な気持ちにならないのは事実。



それどころかドレークの口元は緩み、トラファルガーの寝顔を盗み見る。




それはまるで猫のよう。








「・・・ああ。ドレーク屋の船に、行くのか。」
足取りで何処か分かってしまっているらしいトラファルガーに、ドレークは苦い思いをする。腕を掴んだとき、仕返しした気分を味わったのはつい先程のはずだ。
入り組んだ場所へ停泊したはずの船の場所を何故知っているのかは、この際聞かないことにした。
「オウチにゴショウタイされるような何か、したか?」
それはトラファルガーの素の声だったように思う。焦る風でもなく、ただ純粋に首を捻るような声に彼本来の顔を見た気がしたドレークは、それでも何も言わず黙ってトラファルガーの腕を引く。
「別に離しても逃げねぇよ。」
殺気が無いからこそ、トラファルガーも大人しくしているのだろう。
あとは面白半分、からかい半分か。
そうこうしていると船まで来てしまい、留守番のクルー達がドレークの元へ集まってきた。何しろその手には2億の首が繋がっているのだから。
「船長、どうしたんですか!?」
「そ、そいつは・・!」
口々に開かれる疑問にドレークはようやく口を開いた。
「ただの客だ。持ち場に戻れ。」
「ですが・・!」
「戻れ。何もしない。勿論、おれもだ。」
後半は、トラファルガーに向けたつもりだった。しかし肝心の男は興味深げに船体を見回しているだけで、ドレーク達の話に耳を傾けてなどいなかった。つくづく食えない男である。
小さな苛立ちと共に腕を引くと、それを予想していたのか今度はバランスが傾かない。
トラファルガーの唇がニィ、と笑みの形を作るので、ドレークはそれを無視してさっさと船内に上がり込む。こういう時、一番奥に私室があるというのは厄介だな、と初めて思った。
己の部下でさえ滅多に近寄らないドレークの私室は、勿論海軍と戦闘になっても他の海賊に襲撃を受けても踏み込ませた事がない。それがどうだ、今は船長自ら敵船の船長を引き入れている。これも初めての事だ。
全く何から何まで調子が狂う、と思いながらトラファルガーを放り投げるように部屋へ入れ、私室の扉を静かに閉める。
鍵はかけない。
「ふぅん。綺麗にしてるじゃん。」
部屋は本棚と机とソファと、奥に寝具があるだけの簡素な部屋だったが、トラファルガーは物珍しそうに部屋を見回す。
それはそうだ、ドレークだって他船の船長の部屋などお目にかかったことが無い。
「・・で、何の用?」
改まった声。その問いはドレーク自身が聞きたいところだ。
「・・・・・・。」
再びだんまりを決め込んだドレークだったが、内心どうしたものかと眉を顰めた。
勢いだけで連れてきてしまったのはいいが(いや、厳密に言うと良くはない)、特に用事も何もない。海軍についての意見や他のルーキーについての情報交換など無駄な事だと理解しているし、世間話にしては間抜けすぎる。



ただ、掴んだ腕があまりにも細く冷たかったから。



ただ、意識されているようで無視しているようなトラファルガーの態度に、煮え切らない想いが沸き立ったから。



・・・駄目だ、どちらにしろ間抜けな話にしかならない。
最早考える事を放棄したドレークは、机の上に置いてある新聞に手を伸ばした。そういえば今日は朝早くから出ていたから、目を通していない。賞金首リストも混ざっている新聞はいつもより少し重たく感じた。
そうして新聞片手に壁際のソファに腰を下ろすドレークだったが、肝心のトラファルガーはというと少し呆気に取られていた。
その表情をちらりと一瞥し、今度こそドレークは新聞を広げ始める。
少しは仕返し出来たのだろうか。
というより、仕返しになっているのだろうか。
案外自分も子供じみていると思うけれど、毎度毎度妙な態度を取られては何か仕掛けてやりたくなるというもの。
それに、あの声が。
数日経った今でも耳から離れないのだ。




なんにん ころした ?




わざとらしくバサリと新聞を広げた。ドレークの中で仕返しは成り立っている。
"帰りたければ帰れ"と言わんばかりの態度にトラファルガーの口元は弧を描くが、幸か不幸かドレークは新聞記事に目を落としたままだ。トラファルガーの舌が己の唇をなぞるのも、当然見えていない。
「(矢張り聖地の動きがおかしい。今この諸島には大物が揃ってきているというのに、この守備の薄さはどう考えても他に…。)」
既にトラファルガーの事を意識的に隅へおいやっていたドレークは、新聞の内容を頭の中で纏めてゆく。
すると突然、隣からボスッという音と乱暴な振動が伝わってきて目を見開いた。
無論相手は分かっているので距離はとらずとも驚いた眼差しを向ければ、悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべたトラファルガーが座っていた。
「・・・折角お呼ばれされたんだ。好きにさせて貰う。」
まただ。
仕返しが成功したと思えば、また上乗せされてしまう。
驚いた顔を隠すように新聞へ目を戻したドレークだったが、穏やかな陽気に包まれたトラファルガーが欠伸を頻発したり暇しているのは目に見えていて、眠りへ誘われるのも時間の問題のようだった。



そうなる前に出て行くと踏んでいたドレークは、まさかトラファルガー熟睡するとは思いもしなかった。



・・・どうにも、トラファルガーの方がドレークより一枚も二枚も上手のようだ。








ドレークの場所から時計を見る事は叶わないが、体感時間はそれなりに過ぎていたように思う。
何度も起こそうと思ったし、連れ込んだ立場にも関わらず追い出そうとした。いっその事電々虫でもかけることが出来たら、あのペンギンという男に引き取りに来いと伝える事が出来るだろう。
けれど、この場所から動く事が出来ない自分が居る。
この状況に甘んじているのはきっと気持ちの良い気温の所為だと妙な責任転嫁をし、ドレークは静かにトラファルガーを見つめている。新聞を折り畳んで暇になった、唯一動かせる右手が無意識にトラファルガーへ伸びた。
起こすためでも、ましてや首を絞めるためでもない。



そっと、濃紺の髪に触れる為だった。



「(・・・案外柔らかい・・・。)」
矢張り猫のようだと思い、そのままドレークの大きな右手はトラファルガーの頭を優しく撫でる。
妙な午後になってしまったが、穏やかな時間というのは悪くないものだ。
トラファルガーの頭を撫でながら、いっそこのまま自分も寝てしまおうかと考える。
起きた時のトラファルガーの顔が見物だ。





ふわふわ、ふわふわ。



ふわふわ、ふわふわ。




運ばれてくる風に合わせて白いカーテンが揺れる。






ゆるりとした時は、例えるならマシュマロのように甘く。




隣で眠る男は、例えるなら猫のように気まぐれで。




客観的に見た二人は、例えるならまるで。







まるで、恋人のよう?








眠っている所為か、日の光を浴びているからか、ドレークから移動したのか。
髪を撫でていた手を移動させて刺青ばかりの細い腕に触れれば、いつの間にかトラファルガーの身体は常人と違わぬほどに温かい。



少しばかり満足したドレークは、そのままゆっくりと目を閉じた。











fin.





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ドレロ+ペン?  ドレロ←ペン?  ペンロ←ドレ?(←珍種すぎる)
お好きな感じでお読み下さいませ。
ローは暇潰し的にドレーク屋にちょっかいかけてただけです。
が、ドレーク屋は意識しだしたようですよ?
ドレークさんは「己の正義を信じて突き進む負けず嫌いな紳士」だって思ってます。



コメントでドレロ好きな方がいらっしゃったので、ついドレロを(^=^)
途中のローの寝言は反転で見れます。






090510 水方 葎