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* 正しい船長の構い方 * その日、ハートの海賊団の船長であるトラファルガー・ローは暇を持て余していた。 数日前に立ち寄った島で購入した医学書や研究本は読破してしまったし、今は実験をする気分でもない。だが私室でじっとしているには限度があり、暇潰しを求めて甲板に出てみたもののクルー達は忙しそうにしている。ペンギンは部下から何やら相談を受けているし、ベポはお気に入りの場所で昼寝の最中だし、キャスケットは何も無いところでコケている。 「(・・・何やってんだ、あいつ。)」 いたた、と腰を摩って立ち上がるキャスケットの元までふらりと歩み寄ってみた。 「船長!」 ローの存在に気付くや否や、ガバッと立ち上がるキャスケット。 もう新人という立場を抜けて長いというのに、こうして彼はいつも機敏な返事をする。流石に一々敬礼する事はなくなったが、態度だけ見てれば新人と間違われても仕方が無いような緊張ぶりだ。いや、緊張混じりの性分かもしれない。 「何やってんだ。」 「え、いやちょっと滑っちゃって。」 照れ臭そうにトレードマークであるキャスケットを深く被り直す。 ローにしてみれば"何故何もないところで滑れるのか"が気になったが故の質問だったのだが、どうやらそのままの意に捉えられたらしい。まあ元々理由などどうでもいいのでその部分は言及しない事にする。 「足、見せてみろ。」 ここで、ローの悪戯心がむくむくと湧き上がる。 求めていた暇潰しが目の前にあるのだ、みすみす逃す手は無い。 勿論表情にはおくびにも出さず、無表情、寧ろ高圧的な物言いで見下すように言い放てばキャスケットが否と言える訳がなかった。 「大丈夫ですよ!ちょっと転んだだけですから!」 恐縮ともとれるが、明らかに怯えてる。 流石のキャスケットでも、ローが暇そうにしているのは薄々感じていたのだろうか。何をされるか分かったものではないと首を横に振るが、この船長の前でそのような抵抗は無に等しい。 「 座 れ 。 」 「・・・・・・・・・はい・・・。」 最早逃げられないと観念したキャスケットは、腰を抜かすようにへたりと座り込んだのであった。 近くに援軍はと見回しても、我関せずと言わんばかりのクルー達は足早に二人を避けて通ってゆく。唯一頼りになるペンギンの姿を探すが、タイミング良くキッチンへ入って行った後だった。どうやら自分達の様子には気付いていないらしい。 「だ、誰か・・・。」 「・・・ごちゃごちゃ言うな。足。」 「うぅ・・。」 まるで死刑宣告された囚人の気分だ。 そう思いながらキャスケットは靴と靴下を脱いで、つなぎから踝を出す。 「ぁん?足首で転んだのか。」 「見てたんじゃないんですか!?」 「・・・膝が支障をきたして転んだ事にしとけ。」 「いやですよ!ていうか何でですか!」 す、と隣に立膝を付いたローは、軽くキャスケットの足首を手に取り呟いた。 「・・・・・・。・・・ああ、コレもう駄目だな・・・。」 「いや、駄目じゃないですよ何処も悪くないですって!!」 「緊急オペだ。」 「結局それがしたいんでしょう!?」 「膝の故障だったら、もっと大きなオペが出来るんだが・・・感謝しろよ。おれに。」 「何で!!?」 息つく暇も無いやりとりに突っ込みが追いつかない。そればかりかこの爽やかな青空の下で大切な左足がバラされようとしている。そんな事態にキャスケットは顔を青褪めた。 この船長は言い出したら止めない、それを痛いほど理解しているのはキャスケット自身だ。 本当に痛い目を見るような事は無いとはいえ、ローの能力を以ってしたら足首を取られるなんて朝飯前だ。以前同じような経緯で片腕を取られた挙句、事細かに検査された後に戸棚に隠された事件はキャスケットの記憶に新しい。 「(あの時、確か半日見つからなかったんだよなあ・・・おれの片腕。)」 けれどそんなキャスケットの心情を知ってか知らずかローは少し楽しそうにしている。最近上陸する島はあまり面白い事が無く、襲ってくる海賊も楽に片付いてしまう。そうした背景もあって本当に暇を持て余しているのだろう。 ならば少しくらい付き合って・・・やれるか!! 「本当これからやること沢山ありますし今週洗濯当番なんでそろそろ仕舞わなきゃいけませんし他の船が襲ってきたらどうすんですかマジ勘弁して下さいって!!」 無駄な抵抗と分かっていても、切断されると知っては動かずにいられない。 ローは足首を掴んだままだが、それでも何とかその場から逃げ出そうと暴れるキャスケット。 が、ふと手を止めてじっとキャスケットの顔を覗き込むローの異様な雰囲気に気付いたキャスケットは、何か余計な事でも言ったのだろうかと思わず息を飲む。 「・・・・・。」 「・・・な、ど、どうかしました・・・?」 「・・・・・・おまえ・・・。」 ずい、と距離を縮められ、互いの顔が近付く。 その距離、およそ10cm。 ローの手は足首から離れており、今なら逃げ出す事は可能だろう。しかしキャスケットは思わぬ船長との距離の短さに頭が真っ白になってしまって四肢を動かすどころか瞬き一つ出来なかった。 「(ち、ち、ちかっ・・・。)」 瞳は流氷の色。 髪は太陽に照らされていつもより青みが強く見える。 白い肌はいっそ病的な程だ。 唇は薄くいつもの笑みを浮かべている。 「(どうしよう、)」 船長の瞳に己が映っているのが見えるなんて! あまりの近さに感動さえ覚えているキャスケットの顔面に、ローの細い指が伸びる。 正確に言うとキャスケットの唇に。 触れるか触れないかの距離で、その指が唇をなぞるように這った。 「・・・・煩いから、口も、切断するか・・・?」 悪戯好きの船長がニヤリと笑みを深くする。 その衝撃の内容に最早キャスケットは、叫び声すら出なかった。 いよいよバラされる。 キャスケットがそう思った瞬間、二人の頭上に声が降ってきた。 「おい、船長。」 降ってきた、キャスケットにとって天の助けとも言うべき声の主はペンギンだ。 先程キッチンに入って行ったはずなのにどうしてと思うキャスケット。だが彼が近くに来た事を知っていたのか、ローは驚かずペンギンへと顔を向けた。 「あぁ。クッキー焼けたのか?」 「船長好みの味に仕上がってる。」 「味見してこよ。」 「出したばかりで熱いから気をつけてくれ。」 それからローはキャスケットの事など忘れたように立ち上がり、軽い足取りでその場を後にする。まるで嵐のようなその出来事と去り方に呆気に取られていたキャスケットは、己自身の身体を起こす事すら忘れて一連の様子を見ていた。 あの距離は、あの胸の高鳴りはなんだったのか、と呆然とする。 思わず頭の上から帽子がずり落ちそうだった。 「大丈夫か、キャスケット。」 「・・・はあ・・・。」 ペンギンに声をかけられたことでようやく我に返ったキャスケットは、慌てて靴を履いて立ち上がる。 「さっきからいい匂いがすると思ってたんですけど、クッキー焼いてたんですか。」 「材料が余っていてな。それに、そろそろ船長が何かやらかすと踏んでたんだ。」 要するに船長の悪戯防止措置としてクッキーを焼いていたらしい。食にまるで興味が無いローだったが、ペンギンの作るものならば気まぐれで口に入れることもある。今回焼き上がりの時間とローの悪戯が重なったのは、決して意図してなどいないだろう。けれどそのタイミングの良さにローとペンギンの絆を見せ付けられたような気がして、キャスケットは内心面白くなかった。 確かに、口と足を持っていかれるのは勘弁だったが。 そんな心情もありキャスケットが何となくペンギンに礼を言い辛く、視線を彷徨わせたりしているとローがキッチンの扉からひょいと姿を現した。 「ペンギン、うめぇな。これ。」 そう言って小麦色をしたプレーンのクッキーを振ってみせるローは、いたくご機嫌だ。 「お気に召して何よりだ。全部食ってくれ。」 「・・・馬鹿言え2枚が限界だ。」 そしてキッチンの扉は閉められる。 その瞳にキャスケットは映っていなかった。 正直拍子抜けした部分があり、安心半分、不満半分といったところか。かといってキャスケットにはローの悪戯を上手くかわして、尚且つ傍に居るなどといったスキルは持ち合わせていない。 「とりあえず、面倒な事にならなくて良かった。」 「・・・すんません・・・。」 「今度から遊び相手を求められたら、おれが呼んでいたとでも言え。」 そう、そのスキルを使いこなしているのはこの船の中でペンギンただ一人なのだから。 実際ペンギンは暇な船長をよく構っていたし、ベポのように構われっぱなしになる事も無い。上手く他のものに興味を逸らしたり暇潰しを見つけてきたりしているのだ。 だがキャスケットは"そうします"と呟きかけた口を閉じた。 「どうにもならない時は、そう、します…。」 「ほう?」 「ペンさんに頼ってばかりじゃ、駄目ですから。」 傍から聞けば、自分に降りかかる事は自分で何とかしようとする意気込みのある言葉に聞こえる。けれどペンギンにしてみれば小さな宣戦布告ともとれるその言葉には苦笑せざるを得なかった。 「そうか。まあ、身体の一部を切り取られない程度に頑張れよ。」 「うぅ・・・。」 その言葉に今度こそキャスケットは返す言葉が無くなった。 「おーい、お前ら早く来ないとベポが全部食うぞ?」 「早!今焼き上がったばっかじゃないんですか!?」 それは船長が暇を持て余した、とある日の出来事。 fin. ******** そんな(ペン+キャス)→ロー。 見ようによってはペンキャスにもペンロにもキャスロにもロキャスにも見える不思議。 キャスはどじっこですけど戦うと強いよ!って言いたい。声は下っ端ボイス。そこがいい。 あと、ローの肌はコミック派です。 090506 水方 葎 |