* 誰にも触れさせてなるものか *




















眠れないな。



その日もローは睡眠を諦めて、スプリングが軋むベッドから身を起こした。
意識して無理に閉じていた目は、開けてしまえば残っていた入眠への僅かな可能性をも掻き消した。





「・・・。」





くたり、と上半身を起こし、何を考える訳でもなく辺りを見回す。





「・・・。」





特に急ぎでやらなければならない事など、ない。
航海日誌もつけてあるし、航路については昼間ペンギンと話したばかり。
どうしても思い出せずにいた本の一説は夕方思い出してしまったし、一週間分のサプリは昨夜作った。
ベポは寝ているだろう。
敵襲も無い。





「(・・・あればいいのに。)」





見張りが大声を上げればいい。
敵襲だ、と。
それがなるべく強いやつで、且つ懸賞金も高ければいい。
面白い能力持ってるやつなら歓迎だ。
良い暇潰しくらいにはなってくれるだろう。





「(・・・海王類でもいい・・・。)」





そう、出来るだけ大きくて厄介なやつがいい。
獰猛で、手に負えないやつ。
ふさふさしてるやつなら歓迎だ。
大きくてふさふさしてて元気そうなやつならバラしがいがある。
毛皮は剥いで色々なところに使おう。冬島へ行く際のコートにしてもいい。





けれどローが考えたように海賊も海王類も襲ってくる気配はなく、ローは再び現実へ戻される。
今まで目を閉じていた所為か脳はぼうっとしているが、視界だけはやけにクリアで心地良い。辺りを見回すとそこは当然のように己の部屋だが、それが何故かとても不快に感じた。





「・・・。」





外に出よう。
もしかしたら海賊が襲ってくるかもしれない。








「(でも、ベポにはゆっくり寝てて欲しいな・・・。)」



ふらふらとした足取りで部屋を出、素足で廊下をひたりひたりと歩き進む。
秋島の海域に居る為、木目の板はローから容赦なく体温を奪うが、ローにとってそんな事はどうでも良かった。















「・・・・吐きそ。」










そういえば夜ご飯を食べていない、と思い出す。
いや、夜だけじゃない。昼も食べていない。
ああ。
朝もだ。
なら吐いても胃液しか出てこないだろうな、と思いながらローが甲板へ上がる為の階段を上っていると、突然上から声がかけられた。


















「何を吐きそうなんだ、船長。」













ペンギンの声に、ローは驚く事も無くしばし考えてから口を開いた。





「・・・・・・・おれ。」





「それは困る。船長が船長じゃなくなったら、困る。」







階段を降りて来るその気配に、思わず一歩降りるロー。
だがそれだけでペンギンとの距離が伸びる筈がない。





「なら、包丁。持って来い。」
「ほう?」
「抉り出して、おまえにやるよ。」



これで、おれはおれのままだ。









そこで漸くペンギンが顔を顰めたのが空気で伝わり、ローはニヤリと笑みを深くした。








「・・・。…光栄だ、船長。」



「なら早くしろ。持ってこい。俺の獲物でも、お前の獲物でもいい。なんでもいいから。」







早く。








はやく、はやく。






















じゃないとおれはおれをはきそうだ。























「だが、却下だ。キャスケットが羨ましがる。」





一段、降りる。



つられてローも、一段、降りる。





「・・・じゃあ…二等分すればいい。おまえA型の血が入ってるからキッチリ分けれるだろ。」
「不得手ではないな。」





一段、降りる。



降りる階段が無いローは、廊下を一歩、後ずさる。





「・・・右と左で分けるか、・・・心房と心室で分けるか、それはてめぇら好きにしろ。」
ああ、左右で分けた方が弁もちゃんと分けられるんじゃねぇか。
そう続けるローに、再びペンギンが一歩近付いた。



もうローが下がれる場所は無い。
























「だが、それも却下だ。ベポが。」


































ベポが、可哀想だ。
































かくり、とローの膝が折れた。
瞬間、ひゅ、と腕を滑り込ませてその華奢な身体を受け止めるペンギン。ローの流氷の色をした目は閉じられ、小さく開けられた口からは規則的な息が漏れている。
片膝を突き、しっかりと抱き締め直したペンギンは丁寧に、とても丁寧にその身体を抱き上げた。
つい、と自分が先ほどまで立っていた上階を見上げると、合図されたかのようにキャスケットが顔を覗かせる。
「ペンさん・・・。」
「安心しろ。寝た。」
ほ、と胸を撫で下ろす様子キャスケットの目に薄く涙が浮かんでいる事を知っている。
ペンギンはやれやれ、と心の中で呟いて、先程ローがよたよたと進んできたであろう廊下を戻る。腕の中の船長はピクリともせず、呼吸も薄い。寝ているのか死んでいるのか区別がつきにくいが、その胸に耳を近づければ小さく鼓動音がするので信用してもいいのだろう。
「キャスケット。」
「はい!」
「お前今日、毛布持って来ておれの部屋で寝ろ。」
「・・・・・・・・へ?」
流血騒動にならなくて良かった、と声を潤ませているキャスケットだが、ペンギンに言われた台詞に脳が追いつかず瞬きを繰り返す。
ローの私室の一歩手前は、ペンギンの部屋。その更に階段に近い場所にキャスケットの部屋があるのだが、万が一を備えてペンギンとキャスケットの部屋はお互いの部屋が扉一枚で繋がっている。本当はローの部屋もペンギンの部屋から繋がっているのだがこちらは使用頻度が低い上、ローが私物を置いたりしているのできっとこれからも使われる事はないだろう。
兎に角そんな状況なので、何かという名の船長問題があればすぐに行き来出来るようになっている。つまりすぐ対処出来るように扉は開けておけなどと言われるのはよくあったが(そしてそんな日は大抵ローに何かある)、毛布を持って一緒に寝ろとはどういう意味だろうか。
キャスケットの問い返しには何も反応せず、ペンギンは器用にノブを開け、ローを抱き抱えたまま己の部屋へ入ってゆく。
「・・・えっと。」
命令されたからにはそうしないといけないだろう。
それに船長の様子が気になるのも確かだ。
このまま一人部屋の中で、朝までぐっすり寝れる自信は無い。
とりあえず自身のベッドに広がっている厚手の毛布を引っ掴んで、ペンギンの部屋へ続く扉をノックした。
「静かに入れよ。」
くぐもった声が聞こえ、キャスケットは言われた通りに注意を払いながらそっとドアノブを回す。
当たり前だが部屋はランプの明かりだけなので薄暗い。
「・・・船長は…。」
「ここだ。」
ペンギンのベッドに寝かし付けられたローは身体を丸め、これまたペンギンの毛布に埋れていた。
隠れて表情は見えないが、苦しそうでないのなら何でも良かった。
と、そこでようやくベッド下の白い物体がキャスケットの目に入る。
「・・・・ベポ?」
「うん、居るよ〜。」
広くは無いが整頓されているため己の部屋よりもいくらか広く見える部屋へ踏み込むと、ベポまでもがこの部屋で寝る体勢に入っている。ついでに言うと家具の配置は見慣れたものではなく、常ならば端に置いてあるベッドがど真ん中へとずらされているのだ。その為キャスケットの部屋側にある机のすぐ横にベッドがあり、その横に元ベッドが置いてあった妙な空間、というおかしなことになっている。
ペンギンが何か言って、あらかじめベポにベッドを動かして貰っていたに違いない。
そうでなければ、この一瞬で動かしたというのは無理がありすぎる。
「お前はそっち側で寝ろ。」
「はあ。」
ペンギンに指差され、キャスケットは船長が寝ているベッドからこっち、己の部屋側の床で寝ることになったようだ。
ベポは廊下へのドアに近いベッドの下で既に丸まっている。
そしてペンギン自身は、床に置いてあったランプの明かりを消してからベッドを背に座り込む。
そう、そこはキャスケットの位置からベッドを挟んで反対側。
折角の船長の寝顔を見そびれたなぁ、と思う間も無く、何かがキャスケットの中で弾けた。









なるほどこの陣形は。










そうしてキャスケットは毛布をもう一枚持ってくるべく、静かに立ち上がるのだった。













そして暗闇の中、ペンギンは唇を噛む。


「(愛するあんたの心臓を貰って光栄なはずがないだろう、馬鹿野郎!)」








fin.





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話の構成がよくわからなくてすみません・・・。
欝になって頭の中ごちゃごちゃで自分ですら何言ってるのか分からなくなってきて糸が途切れるローが書きたかったんです…。ていうか、ローを取り囲んで腕組してるあの陣形が好きなんです。
あと、ペンギンはA型かAB型で、キャスはO型だと思います。ローは・・・あいつBだろ天才肌だもん。







100504 水方 葎