* 予定外の特別待遇 * ここは魚人島へ向かう海賊達が集まる、シャボンディ諸島。 賞金首が1億を超えた大物ルーキー達も船のコーティングをする為、例に漏れずこの島へと立ち寄っていた。もうすぐ来るだろうと噂されている麦わらの海賊団を加えると、この島には11人の億超えが存在する事となる。 しかしいくらシャボンディ諸島が広いとはいえ、海軍の手が間近にあるが故に行動範囲は限られている。そうなると現在島に居る9名が顔を合わす事無く過ごせる可能性など、無いに等しい。むしろお互いのピリピリした空気に触発され、騒ぎを起こすことも少なくないのだ。 「(いくら無法地帯とはいえ、騒ぎを起こすのは得策ではないな。)」 上陸して3日、大型ルーキーの一人であるX・ドレークはそう思いながら無法地帯を歩く。そこいらのチンピラや小物ならまだしも、自分達のような億超えは特に慎重に動かなければならないだろうと考えるが、果たして他のルーキー達もそう思っているのだろうか。 昼間だというのに賑やかな酒場を通り過ぎた時、「飯はまだか!」「早くしろ!」という怒声が聞こえた。続いて皿が次々割れる音や慌てる人々の声。終いには立て付けの悪いドアを我先にと這うように出てきて逃げ出すコック達。逃げんじゃねぇ、飯はどうなる!殺されたいのか!というジュエリー・ボニーの声を右から左へと流しながら、ドレークは溜息を吐いた。 「(・・・・・・無理だな…。)」 別に戦線協定を結びたい訳ではなく、己もこの島に居る以上何かあったら困るから大人しくしてもらいたいだけだ、と思うがそれも無理な話のようだ。他のルーキー達に接触しないようにするのがせめてもの良策だろうと、足早に大通りを抜けようとしたその時、向かいから見覚えのある人影が近付いてきていた。 「・・・・トラファルガー。」 「・・・・・・・・あんたか。」 ぽつりと名を呼べば、向こうもドレークに気付いたらしい。 船のクルーと話していた顔をドレークの方へ向けて、その姿を確認した。 「よく会うなぁ。」 「・・・迷惑な話だがな。」 ローの言葉に、ドレークは苦虫を噛み潰したような顔をする。今しがた「他のルーキーとは関わらないようにしよう」と改めて心に誓ったばかりなのだ。けれどローの言葉も事実であり、ドレークが上陸してからの3日、示し合わせていないのに二人はよく顔を合わせた。朝バッタリ会って、昼過ぎに擦れ違い、夜見かけたりして、たった3日間だというのにそれは結構な頻度になっている。 ドレークは別にローが嫌いな訳ではないし恨みも無い。 それはローも同じだ。 けれどこうも頻繁に顔を合わせると、お互い因縁めいたものを感じずにいられなかった。 「何か用かよ。」 「・・・・・いや。」 不機嫌を隠そうとしない男に、ドレークは内心首を傾げた。 ドレークの目の前に立つトラファルガー・ローという男は随分機嫌屋らしい。会う度にテンションが違っており、新しい玩具を見つけた子供のように話しかけてくる時や面倒臭そうに話す時、酷い時には無視する事すらあった。ただそんな時は表情も暗かったりしているのでドレーク自身首を突っ込まないようにしている。 どうやら今回は不機嫌の部類に入るらしい。けれど背後に控えているクルー達を見ると、どこか嬉しそうな表情をしている。何となく解せなかったドレークだが、先程のジュエリー・ボニーの件もある。下手に関わりたくないので忠告だけしておく事にした。 「この先はレストラン街だが、空いてる店は片っ端からジュエリー・ボニーが喰い散らかしてるぞ。」 少し間を置いて、行くのは勝手だが、と付け加える。 これで二人が鉢合わせして争いになったとて、自分には関係の無いことだ。 そう思って返事の無い相手の顔を見ると、流氷の色をした双眸がドレークを捉えていた。先程の不機嫌さとは打って変わったような喜色である。 「・・・な、何だ?」 「あんたもそう思うだろ?」 「は?」 「こんな時間に飯なんて食うモンじゃねぇよな?」 ドレークがローに詰め寄られながら腕時計に目を落とすと、もうすぐ15時というところを示している。確かに常識的に昼飯の時間ではないな、とドレークは思った。 「まあ、それはそう―」 「ほらみろ!」 ドレークが言い終わらない内に、ローはバッと後ろを振り返る。同時に指差されたのは、ローのクルー達。 今になってドレークは、逆に嬉しそうな顔をしていたクルー達が不機嫌になっているのを確認した。何かマズい事を言ってしまったのかもしれないと、その時になってようやく気がついたのである。 「船長。自分の発言には責任を持ってくれ。」 諦めが悪いぞ、と腕組みをしたハートの海賊団副船長であるペンギンが低く静かに言い放つ。 「ただの独り言に反応するてめぇらが悪い。」 「独り言とは聞く人が居るから言うものらしいな。」 「知るか。」 ドレークに背を向けたまま言い合いを始めるローとペンギンに、ドレークは困惑顔だ。引鉄を引いた自覚がある分、そのまま「じゃあな」と言って立ち去るのは状況的に難しい。そう思うのはひとえにドレークの律儀な性格ゆえだった。かと言って他船の事情に入り込むのはどうかと思い悩む。 「・・・・・・今から飯なのか。」 結果出てきたのは、他愛も無い言葉。 だがこれでローから適当に返されればドレークも適当に会話を切り上げる事が出来る。つまりはこの場から解放されるというものだ。ややあって思い出したように振り返ったローは、ドレークにとって衝撃的な言葉をさらりと口にした。 「・・・飯?・・・ああ、まぁ、ここんとこ食ってなかったからなぁ。」 「ここのところ?」 今朝、とか昼飯、とかじゃないのかと、ドレークが言外に問う。 それは純粋な疑問だった。 「キャプテン、この3日でパン1枚とサラダ少ししか食べてないからねー。」 答えたのはローではなく、彼のクルーらしき白熊のベポである。 溜息交じりの言葉にドレークは思わず眉を寄せた。 「不健康な…。」 「いつもこんな感じだけどね。」 諦めに似た言葉を呟いたのは、ドレークより一番遠い位置に居るキャスケット。その言葉に反応してドレークは更に厳しい顔つきになる。元々ある程度は健康的な生活を送っているし、それが身体を保つ術だと理解している彼は、常軌を逸しているものを見る目でローを見た。 「・・・・・・お前の生活を見てみたいものだ。」 放った一言は小さな皮肉だった。 けれどそれをどう捉えたのか、今まで黙り込んでいたローがいきなりドレークの手首を掴んだ。 「!?」 ドレークは反射的に逃げようとしたがローの力は予想以上に強い。このまま攻撃を仕掛けられたら面倒だ、自分もジュエリー・ボニーの事を言えなくなるなと思ったが、しかし何秒経っても攻撃してくる気配は無い。それどころか殺気や攻撃態勢でもなく、ただローはその細い腕でドレークの手首を握っているのだった。 「発言には責任持てよ、ドレーク屋ぁ・・・」 ニヤリ、とローの唇の端が持ち上がる。 その瞬間、嫌な予感がドレークを襲ったのは言うまでも無い。 「待て、何の話だトラファルガー。今はお前の食生活の悪さをだな、」 「知るか。おれの生活を見てみたいっつったのはドレーク屋だろ?」 そのままローに至近距離までにじり寄られ、覗き込んできた顔と目が合った。ドレークの脳内に警告音が鳴り響く。敵だとか互いに短すぎる距離だとか、そんな事で鳴っているのではない。まるで魔術師の占いのように、だがもっと漠然とした、これから先起こる何かを警告しているのだ。 「・・・何が言いたい。」 「なぁ、今からどっか行くのか?」 「船に戻るところだが。」 ここでドレークが火急の用事が、とでも言えれば事態はもっと違う方向へ進んでいたに違いない。けれど先述の通り、彼は真面目で、また、意味の無い嘘を嫌う。その性格は、ある意味ローと相性が良すぎたらしい。 「決まり。ドレーク屋、今からおれの船に遊びに来いよ。」 「!?」 「えええ!?」 「キャプテン!?」 「・・・!」 驚いたのは何もドレークだけではない。ローの行動に冷や冷やさせられていたクルー達も同様で、驚きの声が上がる。その驚きのタイミングは皆同じで、通り過ぎてゆく人々がチラチラと視線を投げるが2億を超える首が二つという事に気がつくと、見て見ぬフリをして足早に去って行った。 最早「出来るだけ目立たぬように」というドレークの願いは誰にも届かない。 「な?いいだろ?いいよな?」 辺りを気にするあまり、ドレークは自分の状況から逃避していたらしい。 ローの半強制的な言葉にハッとする。 「いいも何も、他船の船長を自船に入れる者があるか。」 「おれがいいって言ってんだよ。」 「お前が良くてもクルーの立場はどうなる。それにおれも下手にリンチなどされて厄介事になるのは御免被る。」 油断したところをリンチ、だなんて手は古い。けれど船に招待されるなどそれ以外に思いつかないドレークは、ありのままを口にする。例え袋叩きにされたとしても生き残る自信はあるが、面倒は避けるに限るのだ。 けれどローは意味が分からないといった風に小さく首を傾げた。 「リンチ?誰が?」 「お前達が、だ。」 「・・・・誰を?」 「おれを、に決まっているだろう。」 多少苛々しながらドレークは答える。 けれどローはまだ理解出来ていないらしい。 「何で?」 ここにきて、ドレークは目の前の男が"死の外科医"などという二つ名を持っているのは嘘ではないかと勘繰った。頭の回転が遅い訳ではなく、根本を理解していないのだ。 「お前とおれは敵船の船長同士。これ以上にどんな理由がある。」 おれだってお前の船に入ったらいつ暴れだすか分からないぞ、と少し強めの語調で言い放つドレーク。わざと低い声にしたのは決定的な危機感と警戒心を抱かせる為であり、これ以上この話は無かった事にするためだった。別にドレークはローの船を破壊したい訳じゃないが、隙があれば互いが互いを蹴落とし合う弱肉強食のこの世界、ライバルが減るのであれば悪くないとは考えている。 けれどローはそんなドレークの心情を知ってか知らずか、ふぅん、と気の無い返事をしただけである。 掴んでいる手首も離そうとしない。 「言いたい事はそれだけか?」 「!」 右手でドレークの手首を掴んだままくるりと身体を反転させたローは、そのまま来た方向へ歩き出した。つられて引っ張られるドレークは焦って腕を引こうとするが、変わらずローの力は強いままである。実力行使という選択肢が頭を過ぎった瞬間ローが、チラ、とドレークを振り返った。 「赤旗のトコには別の船へ遊びに行ってはイケマセン、なんて決まり事でもあんのか?」 「決まり事ではなくて常識としてだな、」 「海賊が常識を語るのかよ。おもしれぇ。」 「・・・。」 ドレークは脳内で前言撤回をする。この男は確かに頭が良くて食えない男だ、と。 「それに、」 「・・・まだ何かあるのか。」 「おれがドレーク屋と遊びてぇんだよ。」 いつもの皮肉を乗せたものではなく、まるで子供のように笑うロー。 その屈託の無い笑顔に、ドレークは全身から抵抗する力が抜けてゆくのを感じていた。 「(・・・・少しだけなら。)」 敵情視察だと思えばいい。攻撃を仕掛けられたら倍にして返せばいい。 それだけの話だと無理矢理自分を説き伏せるようにして、ドレークは掴まれた己の左手首をじっと見つめていた。 誰かに触れられるなど、久しぶりかもしれないと思いながら。 ぽつりぽつりと会話をしながら諸島を歩く。船の停泊場所は勿論ロー達しか知らない為、ドレークは引っ張られるがままだ。 「早く歩けよ、ドレーク屋。恐竜みたいにのしのし歩いてんじゃねぇ。」 「恐竜を舐めるんじゃない、トラファルガー。時速何キロで走れると思ってるんだ。」 「知らね。見せてみろよ。」 「断る。」 何がそんなに嬉しいのか、ローは足取り軽く少し前を歩いていた。勿論この二人の異様な姿は通行人の目を引き、数時間もすればきっと諸島中の噂になっていることだろう。それでもドレークがその手を振りほどくことは無かった。 ローと交わすテンポの良い会話はドレークの嫌いなものではないし、無邪気な姿は忘れていたものを思い出させてくれそうだ。こうして楽しそうに歩く姿は普通の青年であり、誰も2億を越える首とは思わないだろう、とドレークは思う。尤も、普通の青年は狂気染みた鋭い眼光や滲み出る威圧感など持ち合わせていないだろうが。 まだ"罠ではないだろうか"という疑念が拭えないものの、上機嫌なローの姿につられてドレークも少し肩の力を抜く。油断しているつもりはない。けれど、目の前の男に悪い気がしなかった。 「(数回会っただけなのにな。)」 「何考えてんだよ、ドレーク屋。もうすぐそこだぜ。」 振り返ったローが顎でさした先には、大きなヤルキマン・マングローブの影に隠れて停泊しているハートの海賊団の船。シンボルであるドクロマークが風に煽られ優雅にはためいていた。 思考を中断されて顔を上げたドレークは"本当に連れてきたのか"という気持ちと"自分を連れてきていいのか"というある種クルー達を心配する気持ちが混合している。 そういえばローの船のクルー達はどうしただろう、とドレークが後ろを振り向くと、少し離れた場所で2人と1匹がちゃんと付いて来ていた。当たり前だが、不機嫌そうな表情を隠そうとしていない。 「ドレーク屋ぁ。」 何してんだよ、行くぞ、と再び手を引くロー。 お前のクルー達の機嫌が悪いのだが、とは言えずドレークはただ黙ってローに付いて行く事にした。何故ならその言葉は、まるで交際中の女性の家に上がりこむ際、彼女の父親の機嫌を心配する彼氏のようであるからだ。そんなシュチエーションが頭を過ぎってしまい、ゾッとする。我ながら馬鹿な事を考えたものだと、ドレークは大きく溜息を吐いた。 「・・・・・嫌なのか?」 するとドレークの前方からぽつりと呟かれる言葉。 質問の意味を理解しかねてドレークが眉を寄せると、手を引きつつ小さく振り返るローの姿。深めに被った帽子から少しだけ覗く瞳がしっかりとドレークを捕らえていた。 「何だよ、ドレーク屋がおれの生活を見てみたいっつったから連れてきてやってんのに。嫌ならそう言えばイイじゃねぇか…。」 急速な事態の展開にドレークはうろたえた。悲しそうに伏せられる横顔に罪悪感が湧く。特に会話は無かった。なのに何故突然こんな事になっているのか疑問に思うと同時に、ああなるほど、たった今自分が吐いた溜息の所為か、と気が付いた。 すんでのところで"無理矢理引っ張ってきたのはお前だろう"という言葉を飲み込む。 「今の溜息は自分に対して、だ。」 「・・・・・。」 それでもローはちらりとドレークを見ただけで、口を開こうとしない。 ドレークを捕まえている手に少しだけ力が込められた。 「第一、断っ・・・、」 ピタリとドレークが固まった。突然の動きに今度はローが首を傾げる番だ。 「?何だよ。」 たっぷり十秒は固まった後、ドレークは小さく被りを振った。 そう、彼は気付いてしまったのだ。 常識を振りかざしたり、他船の者を入れる危険性をローに説いたりしたものの、自身は一度も誘いを断っていないという事に。自らの意志として"嫌だ"、"行きたくない"とは一言も言っていない。 「(・・・・おれも相当な馬鹿だな。)」 ドレークは自嘲する。殺気が窺えないのも手伝って、結局は目の前の男に寛容になっているらしい。 「ドレーク屋?」 首を傾げるローに、もう先程のような悲しい色は無い。 その事実にほんの少し安心する自分はどうかしている、と半ば自棄になりながら、ドレークは歩き出す。 「遊びたいと言ったのはお前だろう、トラファルガー。」 「・・・・・・おぅ。」 ドレークが些か強めに捕まえられている手をグイと引けば、ローは一瞬目を見開いた後笑顔を見せる。ただそれは破顔ではなく、照れ隠しのような口角を上げただけのものだったが。 そうしてハートの海賊団+赤旗のドレークという奇妙な面子は、船へと向かって行った。 その様子はまるで連行されるようだったとは、地元の人間の話である。 「っだよあの男!!」 ガン、と鋭く壁を蹴る音が調理場に響く。キャスケットが思いきり八つ当たりをした音だ。 ドレークを連れて戻ってきたハートの海賊団だったが、勿論ローは食事など摂る事も無くドレークを己の部屋へと招き入れた。残されたペンギン達は、一応は船長が招いた客人であるが故に飲み物の一つでも出さなければならないだろうとキッチンに来ている。 入った途端の荒れようにベポは諦めの表情を浮かべつつ、食堂の方へ回って席につく。 「あーあ、折角キャプテンがお肉食べるって言ってくれたのにー…。」 シャボンディ諸島へ上陸して3日、いつもと同じく食事らしい食事などしていないローだったのだが、昼過ぎになって、夕飯の献立を確認し合うコック達を見ながら呟いたのだ。『肉が食べたい』と。 たまたま聞こえたキャスケットが驚き、ペンギンとベポに伝えて船長を連れ出したのはつい先程。キャスケットはローの言葉を聞いた途端に二人へ伝える為に走り出したので、後に続いた『・・・一口だけ。』という言葉など聞こえていなかったのだろう。それによってレストラン街へ向かう道中では"言った""言わない"と揉めていたのだが、ドレークの出現によってローに軍配が上がってしまった。渋々とは言え、何かを食べそうな雰囲気であったのに、とは2人と1匹の思うところだろう。 自分たちの船長ががドレークを連れてきたのは、食事回避と暇潰しの為であろう事は容易に理解出来る。勿論ドレーク自身に興味を持っていなければ連れて来るなどという選択は無かっただろうが…。 「大体船長もなんであんな奴を!バツ?あのX印が良いの?何かワルっぽいから!?」 「・・・落ち着きなよキャスケットー。発言が頭悪そうだよー。」 ああなったキャプテンは止められないよ、とベポは既に戦線離脱気味だ。 ペンギンはそんな二人のやりとりを聞きながら、広いカウンターの中でロー用の水とドレーク用の紅茶を準備していた。手際よく葉を蒸らし、温めておいたポットへ漉しながら移してゆく。ふわりとダージリンの匂いが辺りに広がるが、キャスケットの苛々をおさめる効果は無いらしい。 「まあ、そう言うな。船長が連れて来たんだ。」 「でもペンさん!」 てっきりペンギンも同じような気持ちだと踏んでいたキャスケットは、噛み付くように振り返る。その顔は貴重な食事を無駄にされた事に怒りは湧かないのか、と言いたげであった。俯いている上に帽子で隠れてしまっているのでペンギンの表情は分からないが、纏う気配はいつもと変わらない。それがキャスケットの苛々を助長させていた。 キャスケットの声など聞こえていないかのように、ペンギンはティースプーンや砂糖、ミルクを用意してゆく。ペンギンはコックではないが、コック並に使い慣れているキッチンなのでその手が迷ったりする事はなかった。綺麗に並べ、水と紅茶をトレイに乗せる。 そして内ポケットから無色の液体が入った小瓶を取り出し、仕上げとばかりに2〜3滴紅茶へ垂らした。 「よし。こんなところか・・・。ちょっと行ってくる。」 「ちょっと待ったあああ!!」 さて、とトレーを持ち上げるペンギンに、キャスケットが全力で立ち塞がる。 「・・・?何だ、どうした?お前が行きたいのか?」 「いや違うそうじゃなくて、今何入れたんですか!!?」 たった今入れた、見慣れぬ小瓶。それはキッチンの戸棚ではなく、懐から出していなかっただろうかとキャスケットは冷や汗を垂らす。 「勿論船長のグラスには入れてないぞ?」 「いや違っ…、おれが心配してるのはソコじゃありませんから!!」 「ああ、大丈夫だ。これは珈琲に入れるより紅茶の方が気付かれにくい種類でな。」 「そそそそんな事が聞きたいんじゃありません!」」 「おれ知ってる!それ、ゾウがコロッと死ぬやつでしょ!」 噛みあわない言い合いをしていると、ベポが手を挙げて嬉しそうに言い放つ。その言葉に今度こそキャスケットは絶句した。 「よく覚えてたな、ベポ。」 「ペンギンの常備薬の一つだもんね!」 「それ常備薬とは言わないから!!!」 平然とやりとりをするペンギンとベポについていくのが精一杯なキャスケット。最早先程の怒りなどどこかへ吹き飛んでいた。まずは目の前の人物を止めないと、と顔を引き攣らせた。けれどペンギンは止める気など更々無いらしく、立ち塞がるキャスケットに眉を寄せている。 「早くしないと紅茶が冷めるだろう。」 「今更常識っぽい事言っても許されませんよ!!?」 いくらなんでもこれはマズい、と慌てるキャスケット。もしドレークが異変に気付いてしまったら、矛先は勿論ローへゆくだろう。下手をすれば部屋で恐竜に変身し、船ごと沈められるかもしれない。そのくらいの事が分からない副船長では無いはずだ。 「ペンさん、落ち着いて!」 「おれは冷静だ。」 「じゃあまずはこの手を離して下さい!!」 トレイの奪い合いになりつつある二人は、傍から見て滑稽だろう。しかしベポは我関せず、"早くアイツ帰らないかなー"などと呟いていた。つまりこの場に収拾をつける人物がおらず、ペンギンかキャスケットのどちらかが折れなければならない事になる。そしてキャスケットは冷静ではない副船長を目の前にして、折れる気になれなかった。 「・・・・・しょうがないな。」 「や、やっと分かってくれました?」 「キャスケット。お前ちょっと行って、奴を殺して来い。」 「おれ!!?」 面倒臭い手段は諦めたらしいペンギンがさらりととんでもない事を口にする。 確かに壁を蹴って八つ当たりをしていたキャスケットは、直々に殺害許可が下りるとは思っておらず思わず目を剥く。殺したいのは山々だけれど、冷静に考えて今この場でどうこう出来るような男ではないだろう。 「行かないのか?じゃあおれが行ってこよう。」 「待って待ってー!!ベポ、ペンさんを止めて!!」 「無理。」 「諦め早ッ!」 今にも食堂を出ようとするペンギンの腕を掴んで必死に押し戻すキャスケット。今行かせたら間違いなく修羅場だろう。応援を頼んだベポはドレークの登場により一気にテンションが下がっているらしく、手を貸そうともしない。 否、この場合逆にペンギンへと手を貸しそうな雰囲気である。 死んでも阻止しなければとキャスケットが足を踏ん張った時、ふとペンギンの体から力が抜けた。 「・・・・・。まあ、冗談はこの位にしておくか。」 いや、絶対冗談に見えませんでした。 などと言う勇気が無いキャスケットは、ぜえはあと呼吸を整えるに留まった。 そして確信する。この中で一番腸が煮えくり返っているのは自分でなく、まぎれもなく副船長なのだと。 キャスケットの胸中を知ってか知らずか、冷め切った紅茶を流しへ捨てるペンギン。象もコロリと死ぬらしい液体が淡々と排水溝へ消えてゆく。 「船長が連れて来たとはいえ、奴に差し出す茶など無いからな。」 「・・・・・。」 この人が敵じゃなくて良かったと、キャスケットは心の底からそう思う。シャボンディ諸島に上陸して3日、行く先々で鉢合わせていた赤旗を良く思っていないのはみんな同じだろうと思っていたが、まさかここまでとはと思っていなかった。ペンギンは表情に出難い上、キャスケットやベポのように言葉や態度にも表さないので余計にドレークをどう思っているかなど分からなかったのだ。 しかしあれだけローが引っ付いていれば、ペンギンの不機嫌も尤もだろう。同じ一億超えへの物珍しさや好奇心だということを差し引いても、ローはドレークに近寄りすぎている。 「ぺ、ペンさ、」 「あと5分したら追い出す。」 どう声をかけていいのか分からず引き攣るキャスケットへ、ペンギンは絶対的な声音でもって言い放つ。今のキャスケットには、この5分は船長の為を想って最大限に譲歩した分数なのだろうと理解出来る。 そこにはどうやって、とか、船長が怒るんじゃ、などといった言葉が入る余裕などは皆無だった。 食堂にはベポの間延びした「さんせー!」という声だけが響いていた。 「此処、おれの部屋な。」 まあ適当に座れよ、と私室を案内されたドレークは俄か驚いた。好奇心の強そうなローの性格から言って、てっきり室内はゴチャゴチャしているものだと思っていたのだ。 部屋はゴチャゴチャ、ばかりか逆に整然と片付けられていて、怪しい薬瓶や器具が並んだ棚はあるものの全体的にサッパリとしている。綺麗具合で言えばドレークと同等かもしれなかった。けれどどうも落ち着かないのは、敵船であるが故か…そう思いながら部屋の中央に立つ。 ローは上機嫌で薬瓶の並んだ棚を開け、その中から一つ二つ、掌サイズの瓶を取り出していた。 「・・・トラファルガー。」 「何だよ、座れって。ああ、ベッドでもイイぜ。」 「!?」 ふと思い出したようにかけられた言葉にドレークは思わず肩を揺らした。 「ベ、ベッドなど!何を考えているんだトラファルガー!」 途端に一歩引いて焦りだすドレークに、背中を向けていたローは振り返って小首を傾げた。 ドレークの頭の片隅には先程の、つまり恋人の家に遊びに来た男…という妄想が離れない。 「何って…?ああそうか、元海軍将校さまはベッドに座る、なんて行儀悪ぃ事しねぇよなぁ?」 「座・・・?・・・―!」 けらけらと笑うローの言葉に、今度はドレークが首を傾げる番になった。 が、ローの台詞の意味を理解した瞬間、恥ずかしさで顔から火が出そうになる。 「(なっ、何と勘違いしたんだおれは!!)」 次いで自己嫌悪。ベッドという単語に過敏になりすぎたほんの一瞬前の己を、穴があったら埋めたいとすら思ってしまう。 一人百面相するドレークに再度首を傾げたローだったが、放っておこうと薬瓶を手にしたまま部屋の角の椅子へ座る。薬瓶と壁、そして机に挟まれたその場所はこの部屋におけるローの定位置となっていた。 「で、座んねぇの?」 「・・・・そう、だな…。」 既に気力いっぱいに疲れてしまっているドレークは、それ以上何を言うわけでもなくふらふらと椅子へ腰掛けた。 丁度ローの斜め前くらいの場所にあった簡易椅子だ。座る場所は他にもソファだの丸椅子だの、色々とある。 「・・・やけに座る場所があるんだな。」 「まぁな。一応コレ手術台にもなるし、椅子はそん時の器具置きになるんだよ。」 「そうか手じゅ・・・。・・・手術台、だと?」 目の前にある大きなテーブルは、確かに人一人は横になれるだろう。幅の広さからも間違い無さそうだ。テーブルの割には少し低めだな、と思ったものの、手術台になるとは思わなかったドレークは眉を顰めた。というより、手術台と普段使いのテーブルを一緒にするその発想が、彼にとって有り得ないものだった。 おう、と簡単に答えながら手持ちの瓶の蓋を捻るロー。 「あ、ちょっと待ってろ。先に飯済ませとくから。」 「・・・・飯?」 パラパラといくつかの白いカプセルを手に出したローは、頷いて数粒を口に運ぶ。他の瓶も同じようにして数を数えてから口の中へ運んでいった。 「栄養分だけは取っとかないと駄目だろ?」 おれだって一応人間なんだからよ、と言うローに、今度こそドレークは苦虫を噛み潰したような顔になる。ついさっきローのクルーが"数日間でパンやサラダ一口しか食べない"というのを聞いてはいたが、まさかここまで酷いとは思わなかったと言いたげだ。 「貴様、正気か?」 「身体が受け付けねぇんだよ。」 体質だ、と言ってドレークの言葉を切って捨てるロー。軟弱だの何だの言えば目に見えて怒り出しそうなのでそれ以上口にはしないものの、これでは悪循環なのではないかと思うドレークであった。何しろ食というのは生き物が生きる上で尤も必要不可欠なものであり、また、総ての基本だと心得ているからだ。 「それに、ドレーク屋がおれの生活を見てみてぇ、って言ったんだろ?」 キュ、と瓶の蓋を閉めながら上目遣いに笑むローに、言葉が返せない。皮肉にしろ、確かにドレークは先程そう言ったのだ。 向けられる視線を逸らしてしまっては負けを認めてしまうようだが、見詰め合うのも何かが違う気がする。そうは思いながらも睨むように見詰め合ったままになってしまい、数秒間の攻防の後にドレークが白旗を上げることとなった。 「・・・・何も話すことが無いなら帰るぞ、おれは。」 「今来たばっかりじゃねぇか!」 ドレークの言葉は以外にも最終兵器となったようで、ムッとしたローが席を立つ。 何をするのかと心中身構えたドレークだったがそれは杞憂に終わった。ローはただ棚へ瓶を片付けるために立ち上がっただけのようだ。何でそう帰りたがるんだよ、だの何だの言いながら荒い手つきでガチャガチャと瓶を奥へ押しやっていた。 「別に帰りたがっている訳じゃない。ただ、用が無いなら…」 言いながらローの背中へ視線を投げたドレークだったが、それを視界に入れた瞬間身体が反射的に動いていた。 少し高い位置の薬品を漁るローと、その数段上から彼めがけて落下する、大きめの瓶。 「危ない!」 「ぅわっ!?」 「―!!」 ガシャンッ! ドサッ ゴロ、ゴロゴロッ・・・ 床へ叩きつけられて、瓶が砕け中身が辺りに散らばった。 同時に、床へガラス瓶とは違った重い衝撃音が二つと、ローが手に持っていた薬瓶が床を転がる音。 「いて・・・。」 「・・・・それは此方の台詞だ…。」 危機を察知したドレークがローの細い腰に腕を回し、その身を自分の方へ引き寄せたまでは良かった。けれど反応速度の速いローは、既にバックステップをしている最中だったのだ。結果その動きが仇となり、ドレークが引いた分だけ勢い余って床へ倒れた。そして慌ててローを支えようとしたドレークも、かろうじてローの身体を抱きとめることに成功したものの自分を支えるまでには至らず、片腕で床へ倒れ込む羽目になったのだ。 ドレークのおかげで全身を強打してはいないものの、少し頭を打ったローは顔を顰める。 「いきなり手ぇ出したら危ないだろ、ドレーク屋。」 「む・・・・すまなかった・・・。」 これではどちらが助けられたのか分からない。 ローは自分で避けれたというのに、どうして手を出してしまったのだろうかとドレークは後悔した。そもそも、敵なのだから何が落ちようとしていても、放っておけばよかったのだ。 同じように顔を顰めて止まってしまったドレークに、床とドレークの間に挟まったままのローがポツリとつぶやいた。 「けど、」 「・・・?」 「有難な。すっげ嬉しい。」 照れるような笑みに、ドレークは思わず息を呑んだ。 皮肉を乗せた笑顔しか見ておらず、連行される前に子供のような笑顔も出来るのかと思ったばかりなので、これは新しい発見である。 「いや・・・。」 加えて至近距離、しかも腕一本分もないその近さに妙な違和感を覚えるドレーク。 敵対する人間への警戒心などではない。 しかも先程から感じていた、落ち着かない気持ちが最高潮に達している。 これは。 これは、何だ? 「・・・・トラファルガー…。」 「何だよ、ドレーク屋。」 抜け出す事も無く、早く退けなどと言う事も無く、ローはドレークを見上げる。 不思議そうなその表情は、やはり歳相応のものに見え・・・。 その時だった。 コンコンガチャッ 早いノックとほぼ同時に、部屋のドアが開く。 「船長、今ガラスの音が…―ッ!!?」 入ってきたのは、副船長であるペンギンだ。 続こうとしていた言葉が何であるかは、彼が石のように固まってしまったので分からない。 素早い入室にまるでノックの意味が無いな、とドレークが悠長に思うのと、ローが首を仰け反らせて逆さまにペンギンの姿を捉えたのは同時だった。 「ペンギン。どうした?」 その腰は、ドレークに抱かれたまま。 「赤旗、すぐに船長から離れろ…!」 何が彼の怒りに触れたかは分からない。状況か、はたまた既に沸点など軽く通り越していたのかもしれない。唸るような低い声と、殺気を隠そうともしない鋭い目。既に戦闘体勢に入っているペンギンは、今すぐにでも回し蹴りを繰り出しそうな勢いだ。というよりも、普通の人間ならばその射殺しそうな眼力に泡を吹いてしまうだろう。 けれど此処に居るのはローと同額程の賞金首である。流石にこんな至近距離から攻撃を喰らいたくはないと思うものの、焦りも怒りもせず、至って普通にローから身を引いて立ち上がる。丁寧に腰の拘束を解かれたローはそのまま床に寝転がっていたが、すぐさまペンギンによって勢い良く引っ張り上げられた。 「ただの事故だ。」 危害を加えるつもりじゃなかった、とドレークが言うものの、ペンギンはローを己の背に隠して一歩も引こうとはしない。 「事故だろうが何だろうが、船長に触っただろう・・!」 この台詞には流石のドレークも驚きを隠せない。先ほどの様子から2億の船長を持つ者にしては過敏反応だと思っていたが、こんなにも過保護にされているとは。数度みかけた時は全く喋っていなかったし、身に纏う雰囲気から物静かな印象を受けていた。それだけにこの激昂は珍しいものを見た気分になる。 「事故だぜ、事・故。」 そんな中ローも背中に匿われていたにも関わらず、スルリと抜け出てドレークとペンギンの間に立つ。仲裁をしているつもりかもしれないが、あまりそう思えないのはローが楽しそうな表情をしているからだろう。 「なぁドレーク屋ぁ?アレ落ちてきたからだよなぁ。」 言いながら割れた薬瓶を指差すローに、庇われている気がしないでもないドレークだったが一応は事実なので頷いておく。 「・・・まあ。」 助けたというより余計な手出しだったのだが、そこら辺は伏せておく。目の前の副船長と戦えば、地の利が無いのは勿論、いくらドレークでも全くの無傷でいられるとは思えない。それに一秒たりとも逸らさず睨まれているのに、これ以上厄介な事にしたくはなかった。 「ほら、おれも瓶いくつか持ってたし、避けきれなかったっつーか。」 「・・・・そうか。」 床に倒れた際に散らばった小瓶に視線を向けるロー。しかしペンギンはドレークから目を離そうとしなかった。 けれど、ローがそう言うのならこれ以上深入り出来る立場じゃないと悟ったのか、感情を抑えるように静かに口を開く。 「赤旗。お前のクルーが迎えに来ている。帰れ。」 「・・・。そうか、邪魔したな。」 ふと、考える仕草を見せたドレークは、ペンギンの言葉に頷き歩を進めようとした。 「ええ、帰るのかよドレーク屋ぁ!来たばっかりじゃねぇか!」 だが勿論この船長がそれを引き止めないはずがない。特に話など無いのだが、自分とは違う1億超えルーキーへもっと接触を図ってみたかったのだろう。それ以上に何らかの興味を含んでいるであろう事は自他共に認めている様子である。 「おれはもう此処に用事はないのだが。」 「・・・。」 むぅ、と詰まらなさそうにするローへ、一言付け加えるドレーク。 「それに、強制的ではあったが…貴様の生活を見る、という目的も終わっただろうが。」 分かったのは食生活がずさんで部屋が意外と片付いている。という2点だけで、敵船としての有力情報など何も拾っていない。けれど確かに連れて来られた理由はそこにあるので、ドレーク側にこれ以上拘束される謂れは無いだろう。 「んだよ、ソレ・・・。」 俯き呟くロー。目的は果たしたかもしれないが、お前はそれ以上に何も無いのかと責めるような声。聞き様によっては、自分はドレークに興味を持たれていないのかと落胆しているようでもあった。 「・・・・いいよ、帰れよ・・・。」 「・・・トラファルガー、」 いくらそれまでの行動が傍若無人だとしても、愁傷になっている人間には弱いドレーク。 少し慌て、兎に角何か言わなければと口を開くが、首筋にチリと鋭い痛みを感じる。バッと振り向けば、そこには先程よりも凶悪さを増しているのではないかと思われるハートの海賊団副船長の姿。 「・・・・・・・。」 「・・・・。」 無言だがその視線は間違いなくドレークを責めているもので。 居座るのも駄目、帰る事も出来ないとなると、おれは一体どうすればいいんだ、と溜息の一つでも吐きたくなるドレークだった。 何よりこの状況が気に喰わない。別にドレーク自身はローの事を嫌っている訳でも、避けている訳でもない。そうでなければわざわざ危険を冒してまで敵船の最深部に来る筈がないだろう。それなのにローは、ドレークが自分に何の感情も持ち合わせていないと決め付けているのだ。・・・それと。 「(この男も。)」 気に喰わない。 何がどう、という訳ではない。ただ船長をベタベタに甘やかしている、呆れた副船長に過ぎない。消そうと思えばいつでも消せるだろう。しかしドレークは、自分の中の何かがペンギンという副船長を敵視していた。しかもそれは敵船だからという理由だけではない。ような気が、する。 「・・・トラファルガー。」 今度こそきちんと名を呼んで向き直る。 「帰れ。帰りたいんだろ、さっさと帰れよ。」 しかし取り付く島も無いローの豹変ぶりに思わずドレークは苦笑を漏らした。諸島に上陸しての数日でローの豹変ぶりは何度も見ていたし、今更その様子を見せ付けられたところで驚きなどしない。否、寧ろ「構ってくれ」という態度にも見えてしまう自分はどうかしてしまったのだろうかとすら考える。 そして、ちらりとペンギンを一瞥したドレークは。 そっと軽く、ローを腕に抱いた。 「トラファルガー。また、来る。」 「赤旗ァ!!」 即座に繰り出されたペンギンからの怒声と蹴りをひょいと避けたドレークは、そのまま立ち位置を入れ替わるようにドアの前へ進んだ。肝心のローはというと、ドレークのいきなりの行動に脳が追いついていなかったらしく、呆然と眼を見開いていた。 「ドレーク、屋?」 「何だ。」 「あ…その、・・・また、来るのか?」 「そう言っただろう。」 不思議そうに首を傾げて問うローへドレークがキッパリ言うと、冷たい目をしていた顔はみるみる嬉しそうな笑顔へと変わっていく。 「(この顔…か。)」 まるで眩しいものでも見るように目を細めるドレーク。チッと聞こえた大きな舌打ちは、耳に入って来なかった。 また、この表情が見たい。 久しぶりに、"触れたい"という気持ちが溢れ出る。 ふわりとドレークの中に広がったその感情は決して不快ではなかった。 「送ってくぜ。」 先程とは打って変わってドレークの方へ歩み寄ろうとしたローだったが、それはペンギンによって遮られる。 「船長。これ以上赤旗に近付かないでくれ。」 本人が居る前での警告。それは敵を警戒した副船長としての願いか、はたまた別の腹があるのか。探ろうとしたドレークは無駄な事だな、と思い諦めた。この副船長がローに対して異常な執着を示しているのは確かなのだ。 対するローはというと、ペンギンの言葉を受けて一瞬きょとんとしたものの、今しがたドレークへ向けた笑顔と同じものを再度浮かべ、楽しそうに言い放つ。 「なんだ、嫉妬か?ペンギン。」 「そうだ。文句あるか、船長。」 躊躇わずにきっぱりと言うペンギンは、ドレークを睨み付けたままであった。 ドレークも二人の様子から不愉快な感情に苛まれ、ペンギンを無表情で見下ろしている。 そんな状況に腹を抱えて笑い出したい気分になったローは、口元に手をあて、意地の悪い笑みを浮かべた。 「いや?すっげー嬉しい。」 それはペンギンに放った言葉か、この状況に放った言葉か。 どちらにしても、ローの笑顔を挟んだ二人の睨み合いが幕を引く事は無いようだ。 「(全く、酷い目に遭ったもんだ…。)」 思いながら、ドレークは自船へ向かって歩いていた。 少し辺りを見て回っておこうと船を出ただけなのに、こうも色々な事に巻き込まれるとは全く持って不本意だ。しかも"なるべく他のルーキーや海賊とは関わらないようにしよう"と決めた直後ではなかったか。 相も変わらず「次の皿を寄越せ!」と騒ぐ声が聞こえる店を素通りしながら、つい先程の出来事を思い返していた。 分かってはいたが外に出てもクルーが迎えに来ているなどという事など無く、結局は体よく追い出されたというところだ。自分としても長居をするつもりはなかったので丁度良かったものの、やはりどうも気に入らない。それに何だか、トラファルガーという人物に少しだけ興味が湧いてきた。 テンションにムラがあり、けれど自分を構えと全身で訴える、まるで猫のような男。 そして子供のような笑顔が、頭から離れない。 諸島に居る間にもう一度あの顔を見れないものか、と考えるドレークは、最早自分がローにどっぷりと嵌っている事など気がついていない。 さて次に会ったら何と言ってやろうかと思案を始めるドレーク。 頭の中には、自らが定めた"他のルーキーとは関わらないようにする"という決め事はローに対してのみ、自然と解除されていた。 「(予定外の特別扱いだ…。)」 けれどそう、不快でない疼きが生じているのだから、これは仕方が無いだろう。 「キャープテーン!ね、ね、ご飯行こうよ〜!」 「さっきドレーク屋が来てる時に一日分食ったぜ。」 「それサプリメントでしょー!?」 そして此方はハートの海賊団。 当たり前だが再度ローが飲食街へ赴こうとする筈などもなく。 ペンギンとキャスケットが「やはり今後の為に何としてでも仕留めれば良かった」と苛々を募らせているのは、ドレークの知ったところではないだろう。 ゴングはまだ、鳴らされたばかり。 「あー、早くドレーク屋来ねぇかなー…。」 事の中心に居る船長は、まるで恋人を恋しがるように、そして玩具を待ち侘びる子供のように、空を見上げていた。 fin. 30000hit記念、リクエスト企画! 甘夏蜜柑さまより「ドレロorペンロ。ドレークに構って欲しいローと、ローに甘いドレーク。ドレークの存在自体が邪魔なペンギン」でした! 気付けばドレークvsペンギン、高見の見物してるローになってしまtt…orz ハートが書き慣れている所為か、ドレーク視点が違和感&偽者万歳になってしまって申し訳ないです。 そしてペンギンがマジ危険人物ですね!こうも独占欲丸出しな彼も珍しいんじゃ…。まあ相手が相手ですけど。 何はともあれとても楽しく書かせて頂きました!! 甘夏蜜柑さまのみフリーです^^ リクエスト有難うございました!! 2009.06.14 水方 葎 |